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毒親ママ、妹の部屋への容赦ない掃除機がけPart1


 小学校六年生になった僕は、今年で小学校の卒業式を迎え、来年からの中学校入学をひかえながら春休みを過ごしていた。妹の京香も来年から小学生ということもあってか、家の中はなんとなく慌ただしくなっていた。
 そんな中で、昨日の夜母が急に京香んみこう言った。

「京香も来月から小学生でしょ?だからそろそろ京香も整理整頓と準備をしなきゃなの。だから、京香もそのつもりでいてね。ママの言うこと聞けるかな?」

 母が優しい口調でそう言うと、京香も元気よく「はーい!」と返事をしてその場は何事もなかったかのようにまた別の会話を始めた。しかし、僕はこの会話と同じものを、京香が生まれる前にした記憶があった。
 あの日、自分が大事にしていたもののほとんどが捨てられ、大事にしていた細かな物や幼稚園時代にメモ帳でやり取りしていた手紙などが、ことごとく掃除機によって吸い込まれていった。自分がどれだけ抵抗しても母は言うことを聞いてくれず、鬼の形相でひたすらに掃除機を動かし続けたあの日、僕はトラウマで一日中泣きじゃくっていた記憶がある。
 だからこそ、兄としての僕は、そのことを京香に教えてやるのが賢明だと思っていた。

 しかしその夜、京香が寝る前に教えようと京香の部屋の前まで来たところで、ピタッと体が止まった。

(京香に教えれば、僕が教えたことを母に言うかもしれない。それに、あの掃除機の音が隣の部屋から聞けなくなるかもしれない!)

 そう思った僕は、そのまま自然と京香の部屋の前から自分の部屋へと足を動かしていった。

 僕はあの日のほかにも、たびたび母のせいでひどい目にあわされてきた。潔癖症の母は、僕が小学生の時から汚いものへの罵詈雑言が止まらない人だった。そのため、通っていた保育園には、汚い場所や物を見つけると繰り返し苦情の電話を入れ、身なりがなっていない同級生を見つければ、近くにいる親などもお構いなし僕に対して「近づくな」と大きな声で言っていた。そのため、僕は園内でも孤立しており、友達作りにはとても苦労した。小学校受験は成功したため、それで一旦母の影響が外に出ることはなくなったものの、その分子育てに明け暮れた母のイライラは日に日に積み上がり、それが不定期に開催される大掃除で一気に火を噴くのだった。
 家に帰ってきて自分の部屋に行くと、朝登校する前まではあったおもちゃやフィギュアの数々がきれいさっぱりなくなっていたり、大事にしていたおもちゃの類が根こそぎ無くなっていたりすることがたくさんあった。その時、母に聞くと決まって
「だらしなく散らかしておくのが悪いんでしょ!」
というお決まりの文句から説教が始まり、何度も頬をぶたれてきたのだ。母はこういった整理をしたときはすぐにゴミ袋を捨てに行くため、もう取り戻すことはできないのだが、捨てずに家にゴミ袋が置いてあった日は、今まで大事にしていたものがすべてゴミとともにひとまとめにされている光景を見て、勝手に捨てられた時以上の悲しみが襲うのだった。
 しかし、そんなことがありつつも、母の掃除機掛けだけは僕の心が何かムズムズするようになっていった。普段の掃除機をかけているときもさることながら、棚の後ろを子ノズルでしつこく吸い取っていたり、シュゴオーーーーとすきまノズルを吸い付かせながらカーテンレールのホコリを取っていたりすると、いつも気になってその様子を眺めてしまうのだった。特に、母は吸い込めるものなら何でも吸い込ませる傾向があるため、ノズルに引っかかった何かをグッグッと手で押し込んでズボッ!!!と吸い込ませたときは、掃除機のホースと同じように僕の心も激しく揺れ動いたのだった。


 そのため、結局京香に伝えることなく僕は寝床につくと、そのまま次の日を迎えた。僕が朝自分の部屋から出てくると、早速朝ご飯が用意されたテーブルの隣に、大きめのゴミ袋と掃除機が用意されていた。僕がそれを気にしながら朝ご飯を食べていると、眠気眼を擦りながら京香もゆっくりと自分の席に座って朝食を取り始めた。

「目が覚めてきたら、さっさと食べ終わって自分の部屋の整理を始めなさいね。」

 母は洗濯物を干しながら、まだ眠そうにしている京香に対してそう言った。僕はそれを聞いて若干食べるペースを速めると、足早に食器を片付けて、自分の部屋へと戻った。

 自分お部屋に戻った僕は、早速部屋の整理整頓を開始した。学校でもらった卒業証書や卒業アルバムなどを棚へとしまい、中学校へ入学する際に書いた書類の束はひとまとめにして机の端に置いたりした。どうせ母は京香の部屋の整理に重きを置くはずだが、万が一自分の部屋まで整理されるとなれば、たまったもんじゃない。そのため、被害を最小限に抑えるため、念のため僕も自分の部屋を片付けることにした。
 こうして僕が素早く整理をしていると、リビングのほうからガラガラガラッ!と電源コードを引っ張る音がして、僕は思わずドキッとしてしまった。何度も聞いてきた音ではあるものの、それでも自分の心は慣れることがない。自分の大事な何かを吸われるんじゃないかという恐怖と興奮が自分の心を襲い、不思議な気分になる。しかし、そんなことを僕が考えているとも思っていないであろう母は、着々と掃除機掛けの準備を始めると、ドアの外から早速その音が聞こえ始めた。

 キュイイイーーーン

 その音が響きだしたと思った途端、早速掃除機の音が響くのとともに、ズゾゾゾ!と何かを吸い込ませた大きな音がリビングから聞こえてきた。何らかの紙ごみのようなものが、T字ヘッドの回転ブラシに巻き込まれながら一気に吸い取られたのだろう。
 僕はその音を聞いてアソコがピクっと反応してしまった。何とも言えない掃除機の吸引音に、最近では学校やお店などでも聞こえてくるだけでアソコが危ない状態になってしまうのだ。僕はなんとか尊厳を保つために、必死で我慢しながらその音を聞き続けた。しかし、母は掃除機掛けを始めたばかりということもあり、まだゴミがたくさん落ちているのか様々な音を絶たせながら掃除機掛けを行っていく。チャリチャリっ!と砂を吸い込む音が聞こえてくると、ギュゴオオーーー!!!と何かを詰まらせたような音がこちらの部屋まで響いてくる。  この部屋に来る前に丸めた紙ごみが落ちているのを見かけたが、多分それを吸い込ませたのだろう。母は落ちているものならレシートだろうとおもちゃだろうと、関係なくすべてを掃除機で吸い込んでいく。この間なんて、京香が保育園に通っているのをいいことに、リビングのテーブルに置いてあったシルバニアファミリーのアクセサリーのようなものを、根こそぎチャラチャラチャラと吸い込んでいた。僕は心配に思い母にそれを訪ねたが、母は

「こんなところに置いておくのが悪いんじゃない。」

と言って一蹴すると、僕の見ている目の前で次々とそれらを吸い込み、ものの数秒でそれを吸い取り切った。散らかっていたアクセサリーがなくなりスッキリしたのか、母はニコッと笑みを浮かべるとまた床の掃除機掛けに戻った。そうして、母はカーペットの奥に潜むホコリや、玄関に落ちている砂ぼこりまで容赦なく吸い込んでいく。僕は掃除機をかける母の様子を見ながら、先ほどまで輝いていたアクセサリーたちが、紙パックの中で次から次へと吸い取られてくるゴミたちに埋もれていく姿を想像して、心をゾクゾクさせていた。
 そんなこともあった母の掃除機掛けだからこそ、僕は音を聞くだけで敏感に反応をしてしまうようになっていた。

 そう言った中でも母の掃除機掛けは容赦なく続いていく。今日はいつにも増して整理整頓欲があるのか、掃除機をかけていっては電源を切って手を止め、ゴミ袋にごそごそッといらないと判断した物を突っ込み、またそこから出現したホコリや細かな物たちを掃除機で一掃していくという作業を黙々と行っていた。僕はこのキュウウウーーンと電源が切れる音から、数十秒してまたキュイイイーーーンと掃除機が指導するという連続に、心臓の鼓動が止まらなくなっていた。
 そして、だんだんとこちらに音が近づいてくるにつれて、廊下を掃除機掛けして次は僕か京香の部屋のどちらかに、悪魔の掃除機が近づいていることが分かる。僕は、どちらが先に来てもいいように準備はしておいたつもりだが、いざその音が近づいてくるとドキドキせずにはいられない。
 だいぶシンプルになった部屋を見て、今まであらゆるものが吸い込まれてきたのだと実感していたが、最近は中学生になったことで、そこまで激しい吸引をされることはなくなっていた。しかし、昔嫌でも刷り込まれた大事なものが吸われていく恐怖感は、いまだに無くなることはない。大事にしていた手紙がことごとくズボッ!ズボッ!と吸われていったときは、悲しさのあまり泣き叫んだが、母の手は止まることなくそれらを全て吸いつくしていった。今となってはその手紙は誰とやり取りをしていたのかも忘れてしまったが、それでもあの光景は強烈に脳裏に焼き付いて離れなかった。

 僕がそんなことを想像していると、とうとう母の掃除機は目の前に迫ってきていた。

(どっちだ、、どっちに来る、、、、っ!)

 僕はドアにつけていた耳をそっと話して自分の部屋の椅子に座り、グッとこぶしを握って身構えた。


 しかし、僕が予想していたようなガチャっというドアを開ける音は聞こえ宇、キュウウウーーンと電源が切れる音がした後はしばらく何も音が聞こえなかった。しかし、僕がそう思って油断していた次の瞬間、いきなりドアの外からの怒号か聞こえ、また僕の背中は恐怖でさいなまれていた。

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