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境界が溶けて曖昧になる瞬間を待っているのかもしれない。

ピントが合うってどういうことなのか…?

いつからピントを合わせないといけないと思うようになったのか…?

ピントとは距離感のことだ。

写真の世界でいうと被写体とセンサーとの距離のこと。

この距離感が適切だとピントが合うという。

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では波を撮るときはどこにピントを合わせれば良いんだろう。

被写体がないとき、自分の心と向き合ってシャッターを切るとき、
ピントなんて合うはずがない。

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昨日の常識が今日は変わり刻々と変わる毎日にどこにピントを合わせればいいのだろうか?

未来が見えないのに未来にピントを合わせることはできるのだろうか?

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でもピントがあっていなくても、この先に大きな山がある事もわかる時はあるし、

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夏の足音を感じることもできる。

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逆にピントがあってしまったが故にそこで世界が分断されていることに気づく事もあるだろう。

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そういえばピントの合うことのない知らない人が行き交う街はどうなったのだろうか。

当たり前だが、この中にいる人の顔を1人も覚えていない。

いったい僕はどこにピントを合わせてこの街を歩いていたのだろう。

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ピントは距離感だという。

いま未来がどう変わっていくのか全くわからない状態で未来にピントを合わせて動くことは難しい。

だって未来が定まっていないのだから。

でも未来との距離感が掴めなかったとしても前を向くことは出来るし、歩むことはできる。

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一体どこからが青空でどこからが夕焼けなんだろうか。

ピントが合わないほど、その境界はより曖昧になる。

つまり無限の解釈があるし、無限の答えがあるのだろう。

これからの未来は誰もピントが合っていないぶん(もし未来の正解がわかる方いたら教えてください)、新しい見方や考え答えなどたくさん生まれてくるだろう。

ああ、気付いたぞ。

きっと僕は境界が溶けてなくなる瞬間、どこからが境目なのかわからなくなる瞬間が好きなのかもしれない。

ぼけて境目が曖昧になる瞬間が好きなんだ。

時間、ルール、言葉を守ることが小さい頃から苦手だったのはすべて何かをわけるためにあるものだからだ。

そんなどうでもいいことを考えながら写真を整理していた。

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いやいや、ここはピント合わせてくれよ。

そんなことを思った4月某日夕暮れ。

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