アクセシビリティの指摘はなぜあんなに『めんどうくさい』のか
まあ、そんな言葉を残したダルイ5世なんて存在しないんだけど、あることの『めんどうくささ』には、こういうお互い様な部分があることは読者のみなさんも経験的に感じているのではないでしょうか。
今回の話は、アクセシビリティの専門家として日々相談を受けたりレビューをする中で感じている『めんどうくささ』を説明しつつ、相談をしている側やレビューを受ける側も私の話をめんどうくさいと思って受け取っているんだろうなぁ〜という予想をしながら、これらにまつわる問題の整理と、それでもあえて『めんどうくさい』コミュニケーションをとっている言い訳を書きたいと思います。
相談に対する返答の『いつもの3点セット』
「〇〇したいんだけど、アクセシビリティ的にどう思いますか?」
こういった問いは毎日のように尋ねられます。まず断言しておくと気にかけている時点で素晴らしい。結果につながるかどうかは置いといて、まずアクセシビリティについて考えているのは素晴らしいことです。
しかし――せっかく質問してくれたのだけど、この手の問いには『いつもの3点セット』を用いて回答しなければなりません。
WCAG(もしくはJIS)に則った回答
特定のユーザーが困るケースの可能性
アクセシビリティというかヒューリスティックなユーザビリティとしての見解
説明していきましょう。
まず、WCAG(もしくはJIS)といった国際規格の達成基準に対して適合しているか適合していないか。つまり試験したらアウトかアウトじゃないか、という話をします。これは行政などのJIS試験が必須な案件だったりWCAGの準拠を要件としている案件では絶対に必要な情報なので、まずこの話をします。
次に特定のユーザーが困るケースの可能性の話。これはWCAGに適合していたとしても、そのガイドラインではサポートできない領域の問題や、エッジケースで困るユーザーがいることの可能性の話をします。そういったユーザーが本当に存在するのかしないのかは論点でなく、あくまで可能性としてそれを一旦想定することでよりよいデザインにつながると信じているので、この話をします。
そして最後に、アクセシビリティとして問題と見做さなくてもいいかもしれいけど「普通に使いづらくね?」といった見解を述べます。多少、個人的な感想なども含まれますが、率直に意見をします。
例を挙げてみましょう。
例えば「メニューボタンを三本線のアイコンにしようと思うんだけど、アクセシビリティ的に問題ないですか?」といった質問。これにはこう答えます。
WCAGとしてはアイコンに代替テキストがあれば問題ないです(言わずもがなボタンのマークアップはbutton要素です)。
しかし、WCAGとしては問題ないけど三本線アイコンだけでユーザーが「メニュー」と認知できるかどうかは検討の余地があると思います。アイコンからの機能の予想はリテラシーを必要とするので、テキストを近くに置くとそこを解決できます。検討してみてください。
これはアクセシビリティというよりユーザービリティについてなんですが、ボタンを押下したときにはアニメーションで変化をつけることを想定したほうがいいですね。変化が一瞬だと何が起こったかわからない場合があります。そのあたり実装者と相談してください。
といった感じです。まあくどいですな。こんなことを毎度毎度Slackで返信しているわけです。返答を受けた相談者は思うことでしょう。「えっ、ちょっと1質問したら10返ってきたんだけど…読むの大変だ…」と。わかってます。わかってますとも。想定よりも多い情報が返ってきたことにありがたいと感じてもらえることもちゃんとあるんでしょうけど、まあそれでも気軽に質問したつもりが思ったより深刻だったのか?と思われてしまうかもしれません。
『アクセシビリティ的』の『的』ってなに??
そもそもの話、こういった質問になるのは、アクセシビリティやその周辺にに対する理解が低いことが原因です。
別に理解が低いことを悪としているわけではありません。その解像度なりのコミュニケーションをする必要があるということです。お互いにね。
例に挙げたように『アクセシビリティ的にどうですか』という質問が出るということは「アクセシビリティのこといまいちまだわかってないけど、アクセシビリティのことを考えないといけないから、どうなのか聞いておこう」というモチベーションで質問しているんだと思います。だから『〜的』という表現になるんです。理解度が高い人は『〜的』という表現はたぶん使いません。
ここで回答者である専門家がとるべき行動はいくつかありますが『〜的』の『的』が何を表しているのかをヒアリングするとよいでしょう。「それはJISに適合しているのかどうか聞いてます?」「それとも全般的なアクセシビリティの観点が知りたいんです?」と言った感じで。
ただ、多くの場合、前者なんですけどついでに後者も聞いておきたいということがほとんどなので、僕は最近はノーヒアリングで3点セットを返してしまうことにしています。Slackの非同期コミュニケーションなんでね、ヒアリング挟むと返答が一手遅れるので。
なので、多少の『めんどうくささ』を犠牲にしてでも冗長でくどい返答をしています。あと、相手にも寄りますけど、前者(適合の話)だけしてしまうと、その周辺にある諸問題についての知見が質問者に届かないという問題もありますし、なにより質問者にとっては余計かもしれない情報も、Slackに参加している他のメンバーにとっては有益な可能性があるからです。
質問者に提供するべきは判断材料
どういった回答を提供するかを述べてきましたが、もっと詳しく説明すると、提供するのは単純な情報ではなく、質問者がいろいろと検討できるような判断材料です。
例えば「スマホでのUIで、ボタンの位置、左と右どちらがアクセシブルですか?」という質問があったとしましょう。みなさんだったらどう答えるでしょうか。
まず、WCAGではほとんどの場合問題と見做されないでしょう(順番に関することや、感覚的な表現に関することがある場合は除いて)。しかしWCAGの外でこのことを考えると、回答は慎重になります。
「右利きにとっては、右にあった方がアクセシブルだし、左利きには左にあった方がアクセシブルです。さらに右手しか使えない状況、左手しか使えない状況それぞれでは、それぞれが深刻な問題になるかもしれません。」
困るユーザーの想定だけの話をすると、こういった回答になりますね。当然、この時点では結論なんか出せません。なので、より踏み込んで考えて、解決策と結論を出せそうな判断材料を提供します。
「左右の位置について、どちらかに寄せる判断もやってもいいとは思いますが、理想としては『どちらにもできること』です。これは単純に『設定』か何かを用いて『右配置モード』と『左配置モード』を提供すれば解決します。」
さっきの質問に対しては、とりあえずここまで回答します。あとは、それに必要な工数やスケジュール、そして予算を加味しながら検討をしてもらえばいいわけですね。それでももっとなんとか別の手段を検討したいと要望があれば、ヒアリングしたり、リサーチしたり、すればよいのだと思います。『右配置モード』や『左配置モード』が、現実的かどうかというのは実際ありますからね。
めんどうくさいけど楽しくないですか?
非常にいろいろなことを考えないといけないと思われたかもしれません。でも、これがアクセシビリティのクリエイティブな側面で楽しい部分です。考え方によっては、デザインとそんなに変わらないと思うんです。今までよりも、想定・仮説・想像・妄想をしている範囲が広いだけなんですよ。
もしアクセシビリティの質問をして「こいつの回答マジめんどくせえな」と思っていたら少し範囲を絞った質問に変えてみてください。「〇〇したいんだけど、適合レベルAA準拠できます?」みたいな。そしたらそれだけ答えるように努力します。
でも、少しでもこの楽しさを理解してもらえるのであれば、1聞いたら10返ってくる専門家――という名のオタク特有の『めんどうくささ』に付き合ってもらえたらなと思います。