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数学と証明と物語と。【第1話】ガウスの関数

紙とペンを用意する。数学の始まりだ。

数学研究部のメンバーは三人だけ。私と明人と紗香さんの三人。紗香さんはたまにしか来ないけど、優しく教えてくれるから好きだ。そして言わずもがな美人。明人は放課後必ず部室にやってきて、静かに数学の問題と遊んでいる。私のことなんて眼中にないようで少し寂しい。話しかけたら返事はしてくれるけども。意外と優しいのかもしれないね。

現在、部室には私と明人の二人がいる。人数はいつも素数。いいね。部室には机が合計で7つ。これも素数。いいね。私は窓側の机を陣取っていて、明人は部室の奥にある机で壁に向かって数学の問題を解いている。明人はクールキャラという感じだ。冷たい。冷静。将来は生徒会長とかになるかもしれない。ならない確率のほうが高いけど。

私はA4のノートを広げた。ノートは大きいほうがいい。たくさん書けるから。ページの一番上に今日の日付を書く。綺麗な字。小さい頃から書道を習っていたおかげで字の美しさだけには自信があった。

風が吹く。窓から入ってきた風が私の髪を揺らす。5月の気候はとても過ごしやすくて好き。あと素数。高校に入学してからまだ一か月しか経っていないけど、高校生活には順応できた気がする。友達もできたし、部活も楽しいし。紗香さんは優しいし、明人も悪い奴じゃない。素晴らしき日々。

私は証明が好きだ。数学が好きというよりも証明することが好き。どんな定理も公式も本当にそうなるのか証明したくなる。もちろん証明問題も好き。ひとつひとつ論理を積み上げていくような感覚がたまらない。だから部室でもずっと証明だけで遊んでいる。部活ってそういうものだよね。自分の好きなことだけをしなきゃ部活じゃないよね。

今日は整数で遊んでみよう。

ガウスは実数 $${x}$$ を越さない最大の整数を $${[x]}$$ で表した。これをガウスの関数と呼ぶ。ガウスの関数は、たとえば次のようになる。

$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
[4.2]&=&4 \\
[\frac{10}{3}]&=&3 \\
[\pi]&=&3 \\
[2]&=&2 \\
[-2.5]&=&-3 \\
[-5]&=&-5
\end{array}
$$

ということで問題。あらゆる実数 $${x}$$ に対して次の式が成り立つことを証明してみよう。

$$
[x]+[x+\frac{1}{2}]=[2x]
$$

【証明開始】この問題は簡単そうだ。私は考える。とりあえず次のようにおいてみようかな。

$$
x=m+\alpha(m : 整数、0\leqq\alpha<1)
$$

これを与えられた等式に代入してみる。

$$
[m+\alpha]+[m+\alpha+\frac{1}{2}]=[2m+2\alpha]
$$

整数はガウスの関数から取り出せる。

$$
2m+[\alpha]+[\alpha+\frac{1}{2}]=2m+[2\alpha]
$$

両辺の $${2m}$$ は打ち消し合う。

$$
[\alpha]+[\alpha+\frac{1}{2}]=[2\alpha]
$$

ここで $${0\leqq\alpha<1}$$ だから $${[\alpha]=0}$$ になる。

$$
[\alpha+\frac{1}{2}]=[2\alpha]
$$

終盤戦。(1) $${0\leqq\alpha<\frac{1}{2}}$$ のときは次のようになる。

$$
[\alpha+\frac{1}{2}]=[2\alpha]=0
$$

(2) $${\frac{1}{2}\leqq\alpha<1}$$ のときは次のようになる。

$$
[\alpha+\frac{1}{2}]=[2\alpha]=1
$$

(1)と(2)より、左辺と右辺は等しいので、与えられた等式は成り立つ。【証明終了】

とりあえず証明できた気がする。満足。間違っていたら誰か教えてほしい。気がつくと日が暮れかかっている。5時のチャイムが鳴る。素数の音。今日はそろそろ帰ろうかな。疲れたし。

「明人、私帰るよ」

私が部室の奥にいる明人に声をかける。すると、明人が後ろ向きのまま小さく手を振った。バイバイの合図らしい。今日もあまり喋ってくれなかった。それでもいてくれるだけで嬉しいんだけどね。部室に一人っきりというのも寂しいものだし。

「またね」

私はノートと本をバッグに詰めると、部室を後にした。

第1話、おわり


メモ : 「ガウスの関数」と書いたけど「ガウス記号」のほうがいいかも。

参考文献① : 遠山啓『初等整数論』
参考文献② : 結城浩『数学ガール』


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