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はるかカナダで水をもらって頬を濡らした話

「ほれ、そろそろ必要な頃だろう?」と渡された常温ペットボトルの水。

冷え切ったビールでも、寒い日に飲む熱燗でも、なんでもない本当にただの水をもらっただけで、感情がぐちゃぐちゃになって泣いてしまった。

2022年夏、私は自転車でカナダを縦断している最中だった。カルガリーから出発し、2ヶ月かかった旅も終盤戦に差し掛かっていた。

カナダは道が少ない。世界第2位の広大な土地に対して、カナダを縦断し北極海に続く道は一本しかない。初めて地図を見たときは驚いた…マジで道が一本しかないとは、、、。こんなところに何があるというのだ。と思ったら本当に何もないただの道だった。気になった方はぜひGoogleマップで確認してほしい。

その名をデンプスターハイウェイ、約880kmの一本道で、道中にあるのはガソリンスタンドが一つ、小さな村がひとつ、少し大きな街が一つだけだ。
880kmといえば、道のりで考えても東京から函館や広島に行くよりも長い距離だ。しかもその距離を、未舗装の砂利道&三つの補給地点のみで走破する。改めて文章にしてみると、とんでもない冒険だと思う。

デンプスターハイウェイの起点の街ドーソンシティで入念?に計画を立てる。ドーソンシティはカナダのユーコン準州で2番目の都市だ。名前にもシティがつくほどの都会だが、その実、人口は1300人ほどの小さな村だ。物流が滞るこの村では物価も高い。最初に持っていく食料はトルティーヤや袋麺など、炭水化物を中心に「常温保存、高カロリー、安価」を基準に厳選する。ドライナッツ類も持って行きたいが高価なので控え目にする。タンパク質用に缶詰、最初は卵も持っていこう。

水は途中で補給が必要なものの中でも重要度が高い上に、重量がある。カナダを自転車で旅行する私にとってはいつも悩みの種だった。カナダでは水道水が飲めるのは救いなのだが、そもそもカナダには水道があるような村がすくない(苦笑
補給できる時はペットボトル2本約3.5Lにパンパンに水を入れて運んだ。いよいよ水の補給が難しいとわかった私は携行浄水器を買った。川は流石に数十kmに一度ほどはあるのでこれまで水の補給で困ったことはなかった。

しかし、デンプスターハイウェイはここも一味違う。途中120kmほど水の補給が出来なさそうな場所があることを事前に情報として入手していた。120kmなら補給がなくても1泊分、それならこれまでの装備でなんとかなるだろう。その考えがとんだ甘ったれだったことは表題の通りである。

意気揚々と出発した初日の夕方から、いきなり雨が降った。雨は未舗装路をぬかるみに変えた。周りに人工物がないとろくな雨宿りもできない。
止む気配もないので仕方なく、その辺にテントを貼り、予定より進めないまま初日を終える。体力的にはまだまだいける。普段は予定よりも進めなくても何も気にしないが、今回は食料の問題がある。一応5日分の食糧を持ってきてるつもりだが、4日分でなんとか次の補給地点まで漕ぎきりたい、、。

2日目以降に予定よりも距離を伸ばして漕げば食糧もまあ持つだろう。当然ながら未舗装路での走行は普段の道より進みは遅い。でもなぜか予定は普段通り進むくらいの感じで立ててしまった。ばかだ。
すでに遅れた1日目を含めて、二日目と三日目はだいぶ無茶をしてペダルを回す。三日目の終わりに、水の無補給120kmの区間が始まるが事前に知っていたので、最後であろう小川からたっぷりの水を補給し、走り続けた。

1日目にずぶ濡れで寝たこと、二日目三日目に無茶をしたツケが四日目の朝に回ってきた。

ガッツリ風邪をひいたのだ。

起きてすぐ違和感に気が付く。息苦しく、声がガラガラで出せない。半径100kmに人が一人もいないような場所(なお熊ならいる)で一人風邪をひく、なんとも心細い経験だった。しかし、幸か不幸かひいた風邪は喉風邪っぽく、熱はなさそうだし、戻るにせよ進むにせよ、自転車を漕ぐことはできそうだった。補給地点的には120km先のガソリンスタンドの方が近い。なんとかそこまで漕いでみよう。

よろよろと重い自転車を漕ぎ出すが、流石に前日ほどは進めない、体力を無駄に使って風邪を悪化させても面倒だ。慎重に体の調子を確かめながらペダルを踏む。
下り坂では振動が酷くて、自転車に取り付けたバッグがパーツごと折れて外れたり、厳重に包んで運んでいたはずの卵がバッグの中でぐちゃぐちゃに割れたりしていた。その度に自転車を道路の脇に置いてとりに戻ったり、バッグの中を拭き取ったり、時間が取られる。普段なら笑っていられる状況だが、今回は環境が違う。

私の心配事は食料と水、そして天気だった。なんとか、食料はもつ、四日で着くと思っていたが、念の為5日分の食糧を持ってきていて本当によかった。しかし、問題は水と天気だ。喉風邪の影響で水の消費量はいつもより多かった。喉を潤していないのと違和感があって気持ち悪いのだ。
そして天気、またいつ雨が降るかわからないどんよりした空をしている。ネットも電波も当然飛んでいないので天気予報が見ることもできない。雨が降り出したりしたら、また足止めだ、、、、そこまで食糧、水、体力、精神力、果たして持つのか。

目標は限りがある水の消費を抑えながら四日目での補給地点到達。しかし、四日目の午前中の時点でにはそれがかなり難しいことに気がついていた。風邪が悪化するのを恐れて、体力を温存しながらの走行で前に進んでいかない。とはいえ、時間さえかければ、体力と食糧的には補給地点までは問題なくいける。ただ、水は足りない、天気も怪しい。
このままでは袋麺はお湯を使わずにバリバリ齧って食べることになるし、それでも足りないから、喉が痛いのを我慢してでも水を飲むの控えなければならない。

精神的にはかなり参っていたが、youtubeの動画を撮る都合上、カメラの前では明るく振る舞っていた。それも地味に精神的なストレスとなって降りかかる。

そこへやってきた一台のトラック。デンプスターハイウェイはわずかな観光客の他にも工事車両のトラックも走っている。自分を追い越して100mほどのところで止まる。
なんだ?冷やかしか??今それどころじゃないんよな…。いつもなら「どこまで行くの?」とか「どこから来たの?」という言葉にもニコニコ受け答えできるが、なかなかそんな気分じゃない。現に普段なら「冷やかしか?」とも思わない。
無視して通り過ぎようとしたら、案の定「Hey!」と運転席のおっちゃんから声をかけられた。

「ほれ、そろそろ必要な頃だろう?」と500mlペットボトルの水を2本渡された。

なんでわかるの!?すぐさま受け取ってお礼を言う。あっさり「Good luck、お前の旅は素晴らしい」みたいなことを言ってトラックは去っていく。
何度も何度もお礼を言いたかったが彼にも仕事がある。映画やドラマなら、ここでひとくだりあるだろうに、なんともあっさりした救世主だった。それもまたカッコ良く見えてくる。

去っていくトラックを見つめながら、私の目から涙がこぼれだす。ああ貴重な体内の水分なのに、止まらない。本当ならいただいた水もごくごくと飲んでしまいたいが、貴重な飲料なので一気飲みするわけにもいかない。それでも、この1Lがあれば半日分は賄える。よし、水もなんとか持つ気がする。安堵と感謝、そして一人ではやりきれなかったと言うわずかな悔しさ、、、とにかくいろんな感情が押し寄せてきて涙となって出てきてしまった。

その翌日無事、補給地点に辿り着き、大量ののど飴と食糧を補給。
その後の道のりも、結果的に何度も差し入れをいただきながら、無事880kmの道を走破し北極海にたどり着いた。北極海に到達した時は両の手を突き上げ、大声で喜びを爆発させてしまった。周りの観光客も讃えてくれる。自転車旅のこの達成感がたまらなく好きだ。

遥か北極海を目指して、毎年20組程のサイクリストがこのデンプスターハイウェイに挑戦する。工事車両に乗る人からすれば、酔狂なチャレンジに見えるかもしれないが、彼らはいつも暖かくサイクリストを見守ってくれている。水を差し入れてくれたおっちゃんもきっと水を常備していて、サイクリストを見かけるたびにそうやって多くのサイクリストを救ってきたに違いない。

遥かアメリカはロスアンゼルスから8000km。長い道のりを現地の方をはじめ、家族、友人、youtubeを見てくださる方、本当に多くの人に助けられて走ってきた。
現在はメキシコを自転車で走行中、そう走行距離も17,000kmを超えた。あと数日もすればベリーズに入国、そろそろ中米ともお別れだ。

これから先、あれより美味くて元気の出る水に出会うことはあるんだろうか。そんな状況には陥りたくないのが本音である。

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