奥 祐斉

bona代表・「となり」主宰 コミュニティビルダーであり106の国と地域を回った旅人。…

奥 祐斉

bona代表・「となり」主宰 コミュニティビルダーであり106の国と地域を回った旅人。かつて暮らしたアフリカで心が救われた経験から、日本にアフリカの多様でおおらかな価値観を輸入すべく活動している。世代を超えた「となり」を主宰し、対話にこだわった企画を同時多発的に開催し続けている。

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    世界105の国と地域を歩き、アフリカで暮らしたこともある旅人、奥 祐斉が、アフリカに根付く多様な価値観「アフリカ力(りょく)」について、様々なバックグラウンドの人たちと、アフリカの食を囲みながら雑談を繰り広げるラジオ番組。活動拠点は地球全体。COUNTER POINTの第1期プロジェクトとしても参加しており、京都滞在中はFabCafe Kyotoなどで収録を行います。 stand.fm:https://stand.fm/channels/5fabf46cc64654659010d013 COUNTER POINT:https://fabcafe.com/jp/events/africanradio/november/

  • アフリカ料理ラボ

    アフリカ料理を一緒に作り、食べて、話す会。

記事一覧

非日常を、日本の日常で。

東京でのイベント前に、南千住あたりの三谷地区にある簡易宿泊所に泊まった。 東の三谷、西の西成とされドヤ街と言われている。一緒にイベントを回る三木さんは、東京に来…

奥 祐斉
2日前
11

シアトルにある、パナマホテルで。

宇和島屋というスーパーマーケットに向かい、日本町の文字を発見したので、歩いていると何も調べず見つけたホテルがパナマホテル。 どちらもこの地に来なかったら知ること…

奥 祐斉
1か月前
5

メキシコで、タコスより印象に残った食べ物。

シカゴを早朝の便で西海岸は、サンディエゴ入った。窓から見える移り変わる景色に、アメリカの広大さを感じる。油田が見えたり、雪山が現れたり、広すぎる畑が広がっていた…

奥 祐斉
1か月前
3

アメリカに、来た理由。

22歳の時、母を突然亡くした僕は失意のどん底にいた。 母の死を乗り越えるために、予定を半分変えて世界一周の旅に出た。 そのスタートがニュージーランドからロサンゼル…

奥 祐斉
2か月前
13

本を出版したい、そんな日に。

世界一周も、青年海外協力隊も、地球の反対側への留学、ゲストハウスの立ち上げなど、会社を立ち上げるなど、20代でやりたかったことは全部やってきた。 ただやれてないこ…

奥 祐斉
9か月前
9

村作り、諦めます。

負の資本主義的ヒエラルキーから脱却し、200村が力を合わせ、昔ながらのコミュニティを取り戻す手段として最後の賭けが、土地を買い戻しての村作りでした。それを、諦めま…

奥 祐斉
1年前
64

ニジェールの村作りプロジェクトで奇跡が起きた。

今朝、奇跡が起きました!!! なんとNEXT GOLE の380万円達成しました!!! 応援いただいている皆さん、 本当に本当にありがとうございます!!!!! 感無量です。 で…

奥 祐斉
1年前
2

西アフリカのニジェールに新しく村を作る!クラファンが残り9日!

残り9日!早いという感情と、早く終わらせたいという気持ちが錯綜。まぢでエネルギー使う。笑 ▼ ニジェールに新しい村を!自治の村を作り直し、アフリカ本来の共助を取…

奥 祐斉
1年前
4

写真展でしか流していなかった動画を、限定公開しました。

文章の一番下とコメント欄にURLがあります。 URLを知っていたら誰でも見れるので、見せたい人に共有などをしてもらって見せていただけると嬉しいです。(画像は、動画の撮…

奥 祐斉
1年前

いよいよ、西アフリカ・ニジェールで村作りをするためのクラウドファンディングが始まります!

1通のメールから始まった村作りのプロジェクト。 恩人である三木夏樹さんから「村を作るのを手伝って」と言われ、始まったニジェールの村作り。三木さんに提案してから、…

奥 祐斉
1年前
6

【第1弾】ニジェール渡航記:ニジェールに行こうとしたら、行けなかった日。

赤とオレンジ。 外務省の危険度数を表すマップはオレンジ色の「退避を止めてください」と赤色の「避難してください」。この2つのみ。 現在、現地に住んでいる日本人は3…

奥 祐斉
2年前
1

僕たちは、ニジェールに新しい村をつくることにした。

僕は、ハウサ族の人たちと共にアフリカで新しい村をつくる。 場所はニジェールとナイジェリアの国境付近。きっかけは、ニジェールの村へ、たった一人出向き、そのまま12年…

奥 祐斉
2年前
10

<食べ歩き>日本全国、みな麺類。(北海道・東北編)

はじめて「食」について気合いを入れて書き上げた和菓子の記事がバズった。 「世の中は、僕に食の記事を求めているのかもしれない」と思って、食べ歩きの記事も書いていき…

奥 祐斉
2年前
8

世界や日本の"タニンゴトをジブン"ゴトに。

いま、昨年から1年間続けてきたオンラインイベントにおいてクラウドファンディングで今、お金を集めようとしている。 https://readyfor.jp/projects/jibungoto 僕の中学…

奥 祐斉
2年前
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アフリカ出発の日、新型コロナに感染

今日からnoteを定期的に書こうと思う。 どうしても文章を書くには、エネルギーがいるので嫌煙しがちだった。 しかし、第何波か忘れたけれど、波が来る度に僕みたいな現場…

奥 祐斉
2年前
11

拝啓十五の君へ、十五年後の僕は今

「ぼきっ、バキッ、ぶちぶちぶち」。 14歳の冬、階段の最上段から全速力で転がり落ちた僕の左足は、粉々に真っ二つに。アキレス腱や神経も損傷。これが、波瀾万丈な僕の人…

奥 祐斉
3年前
88
非日常を、日本の日常で。

非日常を、日本の日常で。

東京でのイベント前に、南千住あたりの三谷地区にある簡易宿泊所に泊まった。

東の三谷、西の西成とされドヤ街と言われている。一緒にイベントを回る三木さんは、東京に来ることがあると、いつもこういうところに泊まっているらしい。 

宿泊費は、2,250円で生活保護を受けている人が50円負担すれば泊まれる金額に設定されている。

受付は、50歳前後のおじさんで吸いかけのタバコを缶コーヒーの空缶に潰し入れて

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シアトルにある、パナマホテルで。

シアトルにある、パナマホテルで。

宇和島屋というスーパーマーケットに向かい、日本町の文字を発見したので、歩いていると何も調べず見つけたホテルがパナマホテル。

どちらもこの地に来なかったら知ることがなかった場所だ。

引き寄せられるように中に入るとカフェがあって、日系人の展示物もたくさん掲示されていた。

日本からの移民によって建てられたパナマホテル。創立が1910年。だからもう114年になる。地下には、銭湯の跡地もあって、移民の

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メキシコで、タコスより印象に残った食べ物。

メキシコで、タコスより印象に残った食べ物。

シカゴを早朝の便で西海岸は、サンディエゴ入った。窓から見える移り変わる景色に、アメリカの広大さを感じる。油田が見えたり、雪山が現れたり、広すぎる畑が広がっていたりした、この国はデカい。よくこんな大国と戦争していたものだ。

サンディエゴは車がないとコンパクトな街並みなので、そこまで見所にアクセスはできない。

翌日は、12年前に一緒に旅したメキシコ人の友人が住むティファナへ向かった。

48時間以

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アメリカに、来た理由。

アメリカに、来た理由。

22歳の時、母を突然亡くした僕は失意のどん底にいた。

母の死を乗り越えるために、予定を半分変えて世界一周の旅に出た。

そのスタートがニュージーランドからロサンゼルスへ。一カ月ほどかけて、ニューヨークまでアメリカを陸路で横断だった。

度胸試しで、ヒッチハイクとグレイハウンドだけしか使わないというルールにした。

ヒッチハイクして張り切って乗り込んだらメキシコ人でスペイン語がほとんどだったり、2

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本を出版したい、そんな日に。

本を出版したい、そんな日に。

世界一周も、青年海外協力隊も、地球の反対側への留学、ゲストハウスの立ち上げなど、会社を立ち上げるなど、20代でやりたかったことは全部やってきた。

ただやれてないことが一つだけある、それは本を出版することだ。

人が怖くなり家の外に出ることすらできなくなった15歳。人とあまり接したくないから選んだのは、通信制高校。

この辺の話は以前noteに記載した。

そんな自分が100カ国を旅することができ

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村作り、諦めます。

村作り、諦めます。

負の資本主義的ヒエラルキーから脱却し、200村が力を合わせ、昔ながらのコミュニティを取り戻す手段として最後の賭けが、土地を買い戻しての村作りでした。それを、諦めます。

ニジェールで、自分が生き残るために他者を振り落とす、生き残りをかけた椅子取りゲームが始まりつつあります。 

三木さんは、13年間寄り添ったオマル氏とも離れ、今は聾唖者やフィシュチュラ、そして生活困窮者の人たちと変わらず愚直に活動

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ニジェールの村作りプロジェクトで奇跡が起きた。

ニジェールの村作りプロジェクトで奇跡が起きた。

今朝、奇跡が起きました!!!
なんとNEXT GOLE の380万円達成しました!!!

応援いただいている皆さん、
本当に本当にありがとうございます!!!!!
感無量です。

でも「ここで満足するな!クラウドファンディングは、まだ4日あるんだ!」と心のリトル奥が言うことを聞かないので「400万円目指した方がいい」とか「堅実に、350人目指しなさい」という声が多い中で更にで無謀な、応援者数 400

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西アフリカのニジェールに新しく村を作る!クラファンが残り9日!

西アフリカのニジェールに新しく村を作る!クラファンが残り9日!

残り9日!早いという感情と、早く終わらせたいという気持ちが錯綜。まぢでエネルギー使う。笑

▼ ニジェールに新しい村を!自治の村を作り直し、アフリカ本来の共助を取り戻したい!
https://camp-fire.jp/projects/view/609937

露出度が低い国で、日本ではネガティブな話題しか見ない国で、場所すら認知されていない国で、どうやってポジティブに資金を個人から集めるのか。頭

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写真展でしか流していなかった動画を、限定公開しました。

写真展でしか流していなかった動画を、限定公開しました。

文章の一番下とコメント欄にURLがあります。

URLを知っていたら誰でも見れるので、見せたい人に共有などをしてもらって見せていただけると嬉しいです。(画像は、動画の撮影裏。笑)

動画の最後に、「日本の人たちへメッセージ」のパートがあり、自分が今回の途方に暮れそうなクラウドファンディングに向けての道を見失いそうになってしまった時に、この三木さんからの言葉を何度も見返して気持ちを奮い立たせていまし

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いよいよ、西アフリカ・ニジェールで村作りをするためのクラウドファンディングが始まります!

いよいよ、西アフリカ・ニジェールで村作りをするためのクラウドファンディングが始まります!

1通のメールから始まった村作りのプロジェクト。

恩人である三木夏樹さんから「村を作るのを手伝って」と言われ、始まったニジェールの村作り。三木さんに提案してから、3年越しにようやく全てが出揃って、村作りのクラウドファンディングが始まります。

心の中に不純物がなかったので、即答した。

24歳の頃に挫折を味わってからずっと相談に乗ってくれていた人から、はじめて逆に相談されたことだったので、嬉しくて

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【第1弾】ニジェール渡航記:ニジェールに行こうとしたら、行けなかった日。

【第1弾】ニジェール渡航記:ニジェールに行こうとしたら、行けなかった日。

赤とオレンジ。

外務省の危険度数を表すマップはオレンジ色の「退避を止めてください」と赤色の「避難してください」。この2つのみ。

現在、現地に住んでいる日本人は3人のみだったりする。
そんな国に昨年末から年始にかけて、渡航した。

シリアやエジプトでデモ隊に囲まれ、トルコでサルモネラ菌にかかって死にかけたり、ブラジルで原因不明の疫病にかかって入院、ナイジェリアでも発砲された僕だったけど、やはり事

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僕たちは、ニジェールに新しい村をつくることにした。

僕たちは、ニジェールに新しい村をつくることにした。

僕は、ハウサ族の人たちと共にアフリカで新しい村をつくる。

場所はニジェールとナイジェリアの国境付近。きっかけは、ニジェールの村へ、たった一人出向き、そのまま12年住み続けている恩人・三木夏樹さん。

三木さんは、現地のオマルさんと共にNGOを立ち上げた。

村では、道徳観が育まれる前に、便利な道具が流入し、若者が荒れ狂いはじめ、自己中心的な豪農が増え、人が人を破壊してどんどんと荒廃し続けたという

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<食べ歩き>日本全国、みな麺類。(北海道・東北編)

<食べ歩き>日本全国、みな麺類。(北海道・東北編)

はじめて「食」について気合いを入れて書き上げた和菓子の記事がバズった。

「世の中は、僕に食の記事を求めているのかもしれない」と思って、食べ歩きの記事も書いていきたいと思う。

今回のテーマは「麺」にしてみた。

仕事やプライベートで、全47都道府県に滞在した経験がある。日本のどの地方に行っても、絶対に存在するのが「麺」料理である。今回は、全47都道府県で「麺」を食べ歩いた奥がオススメする麺の店4

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世界や日本の"タニンゴトをジブン"ゴトに。

世界や日本の"タニンゴトをジブン"ゴトに。

いま、昨年から1年間続けてきたオンラインイベントにおいてクラウドファンディングで今、お金を集めようとしている。

https://readyfor.jp/projects/jibungoto

僕の中学生時代は、こんな人生だった。

https://note.com/yusai_oku/n/n13ffb87d1939/edit
今年の誕生日に書いたnoteをあえて掲載。

この苦い経験があったから

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アフリカ出発の日、新型コロナに感染

アフリカ出発の日、新型コロナに感染

今日からnoteを定期的に書こうと思う。
どうしても文章を書くには、エネルギーがいるので嫌煙しがちだった。

しかし、第何波か忘れたけれど、波が来る度に僕みたいな現場仕事(イベントや調査、ツアーなどの仕事)が多かった人間としては、コロナ禍において仕事も凪のように落ち着き、そして今回コロナによって人生を掛けて飛び込もうとしていたプロジェクトが飛び込む寸前で、またコロナに感染してしまい頓挫してしまった

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拝啓十五の君へ、十五年後の僕は今

拝啓十五の君へ、十五年後の僕は今

「ぼきっ、バキッ、ぶちぶちぶち」。

14歳の冬、階段の最上段から全速力で転がり落ちた僕の左足は、粉々に真っ二つに。アキレス腱や神経も損傷。これが、波瀾万丈な僕の人生の幕開けとなった。

ちょっとお喋りで陽気な中学生から、谷底へ転がり落ちるように人生がガラリと変わった。救急車に乗って、いくつかの病院をたらい回しにされ、ようやく決まった病院に救急搬送された。レントゲンを撮影したあと「粉砕骨折」と主治

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