【ゆるてつメモ】2024.05.15「短いスカートを履いているんだから、ジロジロ見られるのはしょうがない?」(byふうね)
【問出し】
①自転車のベルは、どのように使うのがベストか?
②短いスカートを履いているんだから猥褻なこと(痴漢、盗撮)、そこまでいかなくともジロジロちらちら見られるのはしょうがない
【哲学対話】
・「選択肢があるから、
それをしてもいいじゃないか」
を短いスカートで考えてみると
→ 見る側:「見られる覚悟を持て」
→ 履く側:「あなたに見せるために履いてるわけじゃないから見ないでほしい」
・ 痴漢、盗撮 = 犯罪、絶対ダメ!
じろじろ見る、など = 見られる側が不快に思うかどうか
「じろじろチラチラ見る」の判断基準が見られる側にしかないのもどうなの?と思う。
絶対的な基準がないから、客観性が無い。
(例:何秒以上見たらジロジロだ!としよう、という基準など)
・短いスカートを履いている = 卑猥にみられる、という形が社会の前提としてある?
例:卑猥にみないようにする。
→ 実行しなかったら、想像するだけならセーフ?
・モラル的に悪いから、見ないようにしよう。と思う人間ばかりではない。しちゃだめだよ、という前提があるけど、社会にはしちゃう人もいる。
→ 最悪、されても被害が少ないように社会の中でなんとなく予防線を張っている
例)・短いスカートは、見られるのは仕方ない、という前提で履くべき
・自転車のベルは、鳴らされること前提でまあまあ小さめの音にしている。
→ 覚悟を持ってすべきではあるけど、しちゃだめなもんはしちゃだめ。
・完全アウトのレッドゾーンは明確になっていたとしても、その手前のイエローカードゾーンは人それぞれの基準に基づくから難しい。
〈自分の場合〉
◎女性性を売りにしたくて、そういう服を着ているとき:性的な目で見られても、「しょうがないかな」と思う
◎デザインなどが好きで服を着ているとき:性的な視線=女性性を押し付けられるようでムカつく
・これ使えるからやっていい = 「使える」 と 「やっていい」 との間に色々あるはずなのに完全無視した乱暴な理論
「絶対アウト」も、そう思う人が過半数である、
みんなが何となく思っていることなだけ。
→ 明文化されていることでも感じ方はひとそれぞれ。一番いいのは当事者同士で話し合って決める。
客観的にこれがダメ、などは言えない。
日本は法治国家だから明文化され、
法律があるだけ。
自分の中での「モラル」
= その場の当事者同士が
納得できる形に最適化されたもの
→ ここでの一番いい振る舞いはなんだろう? を
相手の反応や自分の気持ちを考慮しながら決める。
・人による感覚の違いが、グレーゾーンを作るんだな、と感じた。
祖父:危機回避のため曲がり角は
必ずベルを鳴らしていた。
明確な犯罪行為との線引きは難しいけれど
重要だと思う。
R-18の作品などは、やり方次第で観れちゃうけど、どこまで実行性がある? 制限するなら、公に公開するのはどうなの?
・R-18・・・観たい人は観れてしまっても良い。
観たくない人が観てしまうことを防止するためにあると思う。
スカートの話:障がい者の人に「お前は目が見えなくて危険だから、外に出るな」と言うのに似ている
→ 見られても仕方がない、と諦めている状況。
例)可愛いからミニスカートは履きたいけど、過去の男性経験から 男性に見られるのが嫌で履けない。 = マイノリティとして諦めている
マイノリティの人は、世論から見ると小さくても、
個人的に見ると大きなものを諦めて生きている。
生きづらいと感じる人のための配慮はどこまで考えるべきなのか?
・生きづらさへの配慮については自分もすごく考える。知識が付くほど、生きづらさの存在に気付くほど、考えることが多くなる。
見えない誰かへの「配慮」の時間は、
自分の「平和な今」を犠牲にしているとも言える。
「考えすぎだよ」と言われるけど、
「じゃあ、普通の考えるってどのライン?」
と更に考えてしまう。
・「考えすぎだよ」・・・人によって、
どのジャンルはここまで考える
という物差しが違うが故のもの。
マイノリティの生きづらさについて:
考えたいと思うことは考えるし、
そんなでもないことは考えない。
考えること、考えないこと、保留してること
に分けて、考えるキャパを使っている。
マイノリティの方や弱者の方の生きづらさはどこまでも想像できてしまう。⇔ 自分と関係している人・生きづらさを感じてほしくない人が抱えている生きづらさ に対して考える。
生きづらさを知識として「知る」こと、
は大切だと思う。
・情報の多さと速さがすごい現代。
その情報すべてに対処することは無理だな、
と思うことが日に日に増えている。
情報が多いからこそ、自分の感覚や、
身近な人・身近な命から
考えたらいいと思う。
【感想】
・大統領になって地球を爆発させるか、
普通に地球破壊スイッチを作るの2択になった。
自分と他人どちらを優先させるか?
→ 他人の100%の声を大切にしたい。
→ でも、すべての声を聴くことはできないから、
100%無かったことにするしかない。
・グレーだから、大変。
⇔ 法律や明確なルールで決めてしまえば、
楽になる。 一方で締め付けや支配などの短所も。
狩猟採集の人たち:明文化されたルールはない。
その都度、当事者同士でめちゃくちゃ話して落としどころを見つける。
話し合い = 自分と相手のどちらにも
責任がある。
相手の声は100%分かり得ない。
どんどん法律で細分化する
→ AIでのプログラミングみたい
・議題から想像した以上に考える回だった。
今でも、ある程度 思考の幅を狭めていても、考えてしまうこともある。
自分は最近もう少し、自分のことを大事にしてくれる人のことを考え始めよう、と思った。
・自分も若い頃、考えれば考えるほどに社会に光が見いだせず、全員を消すより、自分一人を消した方が楽だ、と考えていたときも。
今はそこまでの体力もないし、ある程度明るいところに目を向けながら、社会にまかれながら生きていると思った。
マイノリティについて考えることが、その人たちの存在を「消費」していることにならないか。
そんなことについても考えすぎちゃう自分がいる。 すごく深く対話出来て楽しかった。
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