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星子とみどりのたね〜吉岡Ver.〜

星子は、すべての星にあかりを灯すと、いつものようにちょこんと座り込んだ。
今日はどの星にしようかしら?
くるりと首を回すと、その意図を察したのか、一つの星が星子の前にふんわりと泳いできた。

美味しそうな桃色をした星。その星を両手で包みこみ、そっと目を閉じる。
そうすると、ふわり、ふわりと星子は桃色の空に浮かぶ。

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夜の終わりと朝の始まりの、境目の時間。
去ろうとする夜が残した空白を、まだ見えない陽が少しずつ赤に染めてゆく。どこにも所属しない、泣きたくなるような、叫びたいような美しい桃色。

星子が杖を振ると、杖の先にくるくると桃色が集まり始めた。
タプン、タプン、という音を立てて、桃色が揺れる。
美味しそうな飴のようになった杖の先をスポンっと引っこ抜くと、左のポケットにしまい込んだ。
ゆっくりと日が昇り、空がいっそう明るくなる。
すると、今までキラキラと光を反射していただけだった足元の海が、真っ青に染まっていく。

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空が青いから海が青いのか。
海が青いから空も青いのか。

朝の潮風が星子のまつげをなびかせ、星子はそっと目を閉じた。
星を掌に包んでいる星子の目を通して、はるか遠くに島を見つける。

星子が目を開けると、すでにその島の上。
土は乾き、育ち切れず枯れ果てた木が突き刺さったように立つ荒れた土地に、土にまみれた女の子が一人、仰向けになっていた。
するすると、女の子の元へ降りてみる。

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「大丈夫?」
女の子がゆっくりと目を開ける。
「はじめまして。あたし星子。あなたは?」
「名前なんて、ないよ」
女の子は額の汗をぬぐい、ゆっくりと起き上がりながらそう言った。汗をぬぐったはずの額には、代わりに土がついた。
「あたしもなかったから自分でつけたの」
「忘れたよ。呼ぶ人がいないもの」
「新しくつけたら?」
「言ったろ?呼ぶ人がいない」
「あたしが呼ぶわ」
「きみはかみさまだろう?恐れ多いよ」

女の子はそういって、今度は心底疲れたようにうつむく。
星子は、下を向いている女の子の顔をのぞき込む。
「かみさまって、どういうこと?」
「違うの?」
「あたしはあたしよ。どうしてかみさまって思ったの?」
女の子は星子の顔を見てから、今度は上を見上げる。
陽は完全に昇り、遮るもののない土地をジリジリと熱し始めた。

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「君が来るちょっと前に、星が流れたんだ。流れ星はかみさまが空の外側から下を覗き見ている隙間なんだって。だから、かみさまがのぞいてる時にお願い事を言えば、きっと聞いてくれるって。暁の空にサッと星が流れて、君が下りてきた」
「願い事があるの?」
「あるよ」
そう言うと、女の子は首から下げていた小さな袋を手に取り、中から青い種と緑色の種を取り出した。

「この青いのが水の種。これを植えて育てると、水がこんこんと湧き出す泉になるんだって。こっちは木の種。泉のそばで育てると、木がたくさん生えるって。あと土の種を貰った。それを植えると、辺り一面いい土になるんだって。だから植えたんだけど・・・」
女の子は遠くを見やる。ずーっと先まで、大地は荒れ果てていて何もない。
「その種は、誰からもらったの?」
「かみさまっていう人」
「かみさま?」
星子の驚いた顔を見て、女の子は苦笑した。

「そう言ってた。もちろん信じてないよ。その人も、この種も。でも・・・」
女の子は両手を投げ出してまた大地に寝そべった。
「いいなと思ったんだ。ここが緑一面になれば。きっと素敵だなって」
「素敵だね」
「みんな暑いと思うからさ」
女の子が、寝そべったまま星子の後ろを見る。
育ち切れず枯れ果てた木だと思っていたのは、墓標だった。
「かみさまって、やっぱいないのかなあ・・・」

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星子はポケットから暁を詰めた星を取り出した。
「あたしはかみさまじゃないからあなたを助けることは出来ないけれど、これをあげる」
女の子は寝そべったまま、桃色の星を受け取る。
「これは?」
「今朝の暁を詰めたの。すごーく奇麗だったから」
不思議そうに首をかしげる女の子の手を、桃色の星ごとそっと包み込む。

「あなたはとても暗くて深いところにいたのかもしれない。でも、もうすぐ明けるわ。彼が来たのだったら。でも、暁が来るのとあなたが終わってしまうの、どちらが早いかわからない。土を変えるのも、水を生むのも、木が育つのも、とてもとても時間がかかることだから」

「あの人、知り合いなの?」
「居るのは知ってるけど、会ったことはないんだ」

そう言いながら、星子は包んでいた女の子の手をゆっくりと開いていく。
桃色の星がキラキラと光りだしていた。

「これは暁。これがあれば、いくつもの暁を超えることができる。きっとこの先に、緑いっぱいの大地が待ってるから」

そう言って星子が手を離すと、桃色の星はもう光っていなかった。
女の子はしばらくぼんやりと桃色の星を見ていたけれど、その下の土の色に気が付き思わず座り込む。

「土が・・・変わってる・・・」

足元の土をすくってみると、パサパサした土ではなく、しっとりと重みを含んだものに替わっていた。星子を見上げる。

「きみ、やっぱりかみさま?」
「あたしはあたし。もしかみさまが居るなら・・・もっと前に来て欲しかったでしょ?」

女の子はそれには答えられなかった。

「また来るね」
「その時は、泉が湧き出てるといいな。」

そう言いながら、女の子は青い種を丁寧に土に植える。

「あなたの名前、決めた」
「ええ?」
「みどり」

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そのまんまだね、そう言って女の子が苦笑したのを見届けて、星子はそっと瞼を開いた。

掌で包んでいた星を手放す。星は桃色から茶色に替わっていた。

いつかあの星で、緑色の大地と、美しい泉と、それに映るあの朝焼けを見ることが出来るだろう。その時みどりは、晴れ晴れとした笑顔を見せてくれるだろうか。

あなたの清き一投が明日の五十嵐を生かします💁‍♀️