思い出のスプライト・・
ぼくが子どものころ「青酸コーラ無差別殺人事件」というのが全国を震撼させたことがある。いましらべてみたら１９７７年の事件だからぼくは１０歳か１１歳の頃だ。小学５年生だったと思う。
東京と大阪の電話ボックスなどに「青酸入り」のコーラが置かれ、それを飲んだ人が次々に倒れ、死者を出す惨事となった事件です。
東京・品川の電話ボックスに置かれていたコーラを飲んだ１６歳の男性が死亡し、つぎに同じく４６歳の男性が死亡した。９２年に時効を迎え犯人は捕まっていない。
その年、事件を受けて全国の小中学校では「置かれているジュースをぜったいに飲むな！」という通達が徹底されたのである。あたりまえといえばあたりまえなことであり、「みちばたで○ンコをするな！」といっているのと同じである。
ところで、ぼくの通っていた小学校では５年生と６年生の時に「陸上競技大会」というのに参加しなければならなかった。人里離れた山の中腹にある陸上競技場に地区の小学生が一堂に会してトラック競技の記録を競い合う。ただし出場するのは各校から選抜されたメンバーのみであり、のこりのカスは朝から晩まで山の中の陸上競技場でぶらぶらしているだけだ。
しかもそれが夏のさなかにおこなわれるのである。まるでオリンピックだ。みんな水筒１本しか持っていってないのでいくらがまんしても午前中に飲み干してしまう。だが、その競技場にはなぜか水道も水飲み場もなにもなかった。山を切り開いてトラックを作っただけの施設なので多分水道を引いてなかったのだろう。
したがって、選抜されていないカスな小学生連中は、午後に入ると「み、水～みず～」とうわごとのようにつぶやきつつゾンビのように歩きまわっていた。小学生の群れが水を求めてさまようすがたを想像してほしい。冗談みたいに言っているがほんとうにきつかった。
６年生の時はたまりかねた連中がふもとの喫茶店にかけこみ、ガレージの水道を使わせてもらってなんとか生き延びることができた。しかし、５年生のとき、すなわち「青酸コーラ無差別殺人事件」が起こった年の夏はそういう打開策もなかったのである。
そして、その日の午後、のどの渇きが極限にさしかったころにぼくのともだちの一人が駐車場のブロック塀の上に”飲みかけのスプライト”が置いてあるのを発見したのである。
どうします？
「青酸コーラ無差別殺人事件」の記憶はまだ新しかった。品川につづいて大阪でも模倣犯があらわれ犠牲者が出ていた。このスプライトが愛媛の模倣犯でないという保証は何もなかった。しかも当時のぼくは物わかりのいい小学生であり「やるな」と言われたことはしっかり守る学級委員長タイプだったのだ。
とはいえ死ぬほどのどが渇いており、じっさいは「のどが渇いて死にそうな学級委員長」でしかなかったのである。そこでともだちと３人で相談し「青酸カリが入っていない方に賭けよう」ということでまとまったのだった。委員長たるものぜったいにやってははいけない判断である。そして、かわりばんこにそのスプライトに口をつけ
死ぬかもしれない・・・
と思いながら飲んだのだった。あなたは「死ぬかもしれない」と思いながらスプライトを飲んだことあります？ぼくはすでに小学生の段階で「死ぬかもしれない」と思いながらスプライトを飲んでいるのです。修羅場をくぐっている学級委員長なのである。スプライトは生ぬるくて炭酸が完全にぬけきっており、うすい砂糖水のような味であった。
それから４０年近くの月日を経てぼくは５０歳近くになっていた。そして近所のドラッグストアではじめて「モンスターエナジー」というドリンクを目にしたのである。「飲んだらどうなるんだろう？」と思わずにいられないあの闇っぽいビジュアル。しかもユンケルの横に置いてあったのだ。飲んだら闇のモンスターに変身してしまうのだろうか。
でも妙な気恥しさがあり、買わないで帰ったのである。そしてチャリンコをこぎつつ「こんどは買ってみようかな・・でもモンスターに変身しても困るな・・」などと思っている矢先、この「モンスターエナジー」がみちばたにポトッと落ちていたのである。
最初はそのままとおりすぎた。なにかの見まちがいだろう。。。しかし振り返って確認してもやはり「モンスターエナジー」が落ちているのだ。空き缶かもしれないと思ったけど念のためもどって拾い上げてみると、まぎれもない未開封のモンスターエナジーだった。わけがわからない。ドッキリのYouTubeだろうか？しかしぼくをひっかけておもしろいのだろうか？そもそもぼくがモンスターエナジーをのみたがっていたことをなぜ知っているのだろう？
まわりを見渡してもだれもいない。なのでおずおずと買い物袋の中にいれて持ち帰り、家でこっそり飲んでみたのである。もちろん、思い出すのはあのスプライトだ。飲みながら
死ぬかもしれない・・・
と思ったことを思い出す。飲んだ結果としてはまあ「ビジュアルがすべてだな～」という感じですね。インスタントコーヒーの方がまだ効くかな。それにしても４０年を経てもあいかわらず道端で拾った缶ジュースを飲んでいる自分。成長が感じられない。
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