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ドブ板のすごさを実感した

自分は人にくらべてかなり腰の重いほうではないか。

どれくらい重いかというと、応援しているプロ野球チームの優勝パレードが自宅の前を通っても、見にいかないくらい重い。

なぜ見にいかないかというと、めんどくさいからというより、めんどくさい人間だから。

ミーティングを見学させてくれるというならよろこんで見にいくが、オープンカーで手を振っている選手に向かって手を振り返すのはなんだか間抜けに感じてしまう。そういうめんどくさい人間なのだ。

選手だってそんなことはやりたくないと思うけど、そういう気持ちをぐっと飲みこみ、感謝の気持ちを込めてやってくれているのだろう。

でも、こちらとしてもこみ上げてくる間抜け感をのみこまなければ手を振り返せないわけで、おたがいにバカバカしさを飲みこんで手を振りあうのは、いったいだれのためにやっているのだろうか。

たぶん世間のためにやっているのだろう。こういうセレモニーはおおむね天皇制みたいなもので、やらなければ世間が納得しない。

そもそもヤフーニュースで騒ぎになっているいことって、だいたいこの手のことだ。

パレード中止?けしからん!

けしからんとはなんだ!お前こそけしからん

みたいなことのやりあいでしかない。

ちなみに、ぼくはめんどくさい人間ではあるけど、うるさい人間ではない。このnoteではネタとしてあえて書いているだけで、実際にはほとんど口に出しません。

世間のだいたいのイベントは、皇室の一般参賀みたいなものとして、遠くから眺めている。これまで一度も批判したり悪く言ったことはないけど、参加したいと思ったこともない。

こんなに腰の重い人間を動かせるイベントがあったとしたら、それは日本中を動かせるということと同じなのではないかとすら思う。

そんな腰の重いぼくがいま、めんどくさいなりに小さく動いているんだけど、主催者にくらべればもちろんたいしたことではない。とはいえ、もともと関係ない身にしてみれば、わざわざ何時間もあれこれと動き回るのはめんどくさい。

そのうえで得られるものはなにもないんだけど、それでもなぜやっているかというと、べつにイベントの趣旨に賛同しているわけではなくて、どぶ板である。

ウチの前のドブに板をかけてもらってそれで動かなければ、仁義が通らないので動く。

応援している野球チームが家の前をパレードしているときに出ていかないような腰の重い人間を動かすのはドブ板だけだ。本当に人を動かすのはヒトラーのような扇動者はなくて、ドブ板エネルギーの大きな人なのではないか。

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