たとえマズいと思っても「おいしい」というのが彼らの仕事
先日さいたまスーパーアリーナで大きなイベントが強行されて物議をかもしたけど、そこに出席していたタレントさんは「仕事で呼ばれた。コメントに困る」と回答していた。
タレントさんはお座敷に呼ばれてなんぼの商売であり、えり好みをしていたら声がかからなくなる。
缶コーヒーのCMに呼ばれたら、たとえマズいと思っても、画面に向かって「おいしい」というのが彼らの仕事だ。
僕は、商品のプロモーション関係の翻訳で生計を立てているので、状況はかなり似ている。
商品に魅力を感じなくても「素晴らしい商品です。ぜひお買い求めください」と書くのが仕事である。
それがやりたくないならお座敷を開く側に回るしかない。つまり商品やサービスを作る側に回るしかない。
「自分の商品とはいったい何だろう」ということは毎日考える。今のところわかっているのは、商品はいきなりは生まれないということ。何かをストックした中からしか出てこないということだ。
それは土地かもしれないし、お金かもしれないし、人間関係かもしれない。自分名義で何かの蓄積(資産)がある、というのが作り手側に回る第一の条件ではないかと思う。ポイントは「自分名義で」という点だ。
自分名義でいろいろやってみること。こんな短文でも自分名義で発信すること。それがある程度の抽象性に到達すれば、資産化する。つまり時間に耐えるものになる。何かが生まれるのは、その膨大な繰り返しの先で起こることではないかと思う。
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