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言語のプロは「主語」をどう考えているか?【生成文法シリーズの補足②】

ゆる言語学ラジオの生成文法シリーズは、動画内でも述べた通り、正確性をかなり犠牲にしています。また、従来の生成文法の入門書で必ず触れているような基礎的な事項も、エンタメ性を優先させた結果、あえて言及していないケースがままあります。そこで本記事では、動画の補足をします。
以降、動画に出演いただいた金沢学院大学の嶋村貢志先生からいただいたコメントをもとに構成します。(文責:水野太貴)

今回の記事は、生成文法シリーズ第1回の補足です。この動画です。
https://youtu.be/E49cMz_QwO8

ヒトは生まれながらに文法を獲得している

さて、前回で話した生成文法の「言語獲得における論理的な問題」に対して、チョムスキーは「ヒトという種は生まれ持って言語を獲得するための文法を持っている」と考えました。この文法を普遍文法 (Universal Grammar) といいます。

世界には約 7000 の言語があります。これらのすべてに対応するような普遍的な原理を考えようとしたわけです。
もちろん初期の生成文法はここまで視野を広く持っていたわけではなく、とりあえず主に英語に関する妥当な議論を目指すことにしました。生成文法の誕生は Chomksy (1957) の『Syntactic Structures』であると考えることが普通ですので、日本語に関して言えば、多分他にもあるかも知れませんが、よく知られているものに関して言えば Inoue (1964) とか Kuroda (1965) くらいまで待つ必要があります。

さて「ゆる言語学ラジオ」の生成文法1回目では妥当な文法理論に関していろいろ話していました。ここではそれらに関してもう少し掘り下げて話したいと思います。

生成文法研究者が行なう”文法的テスト”とは?

われわれ研究者は文法的(統語的)テストを行ない、どの単語とどの単語が文法的にグループ(構成素)を作っているかを判断します。
このテストはいろいろありますが、ここでは「移動」の例としてVP-frontingを出しておきます。なお、VPとはVerb Phraseの頭文字で、「動詞句」、つまり動詞のまとまりのことです。今後も使うので頭に入れておいていただけると嬉しいです。

※t1 は痕跡 (trace) といって、「VP が元々ここにあったよ」ってことを表しています。また、*非非文法的な文であることを示します

少し記号が入ってしまって読みにくいですが、要はaの文は自然な一方で、bがなんだかヘンだという実感を持っていただければ十分です。

では、これらの文に何が起きているか? aの文は、動詞とその目的語が一緒に移動されることを示しています。これを言い換えると、目的語と動詞が動詞句 (VP) を作りそれがひとまとまりで移動するということですね

このaの文のできあがり方を樹形図にすると、下のようになります。
(正確には、初期の生成文法ではInfl (=infelction。時制などの屈折要素を担う主辞)を持った分析はなかったのですが、とりあえず説明のために使います)

これが


VPごと移動してaの文になる

これらの樹形図の各枝分かれ部分が構成素と呼ばれる部分になります(本当は違いますが今はとりあえずこれでいいです)。

さて、樹形図を見ると非常にわかりやすいのですが、「さえ」はちょっと無視してもらって考えると、VPごと移動させればaの文は作ることが可能ですよね? 
ところが bを作ろうとすると、主語と動詞を含むが、目的語を含まない構成素はありませんので、それが不可能であることがわかります。

と、ここまで小難しく説明してきましたが、簡単にまとめるとこうなります。

  • 研究者たちは、例文を作ってテストして構成素を分析する

  • VPというまとまりごとなら移動はできるが、まとまってないものを移動させると不自然な文になる

ちなみにここでは痕跡を残す「移動」の概念を導入していますが、1 回目で話していた直接構成素分析ではまだこれはありません。生成文法が初めて導入した概念です。

日本語に主語がある?ない?

「象は鼻が長い」の話でもありましたが、主語とか目的語って何なんでしょうか? 
動画では僕は「これらの概念は primitive ではない」と言いました。今見返したら「primitive て何やねん?」と思いますが(笑)、要はわれわれの脳にあると考えられる文法知識にとって必要な概念ではないということです。
もちろんこれは生成文法の考え方で、主語や目的語という概念を使う文法理論もあります(Purlmutter と Postal により提唱された関係文法 (Relational Grammar) とか)。

また生成文法でも、分析の際には説明の都合でよく使います。ちなみにわれわれは、主語や目的語は名詞が持つ文法的機能によって定義されると考えています。つまり「これこれの文法的働きをするなら主語と見なしてよい」という感じです。

主語の機能を判別するテストはたくさんありますが、分かりやすいところだと以下のようなものです。

  • 疑問文などの形成で(助)動詞と倒置される

  • 動詞と一致する

倒置に関していうと、下の例のように YES/NO疑問を作る際に主語 John は be 動詞と倒置しています。

John is a student.  Is John a student?

また、一致ですが、下の例を見てください。主語 John は 3 人称単数ですので、*play ではなく plays と動詞の形を決めます。これが一致です。

John {plays/*play} the guitar.

ただ、残念ながらこれらの文法現象は日本語にないのでテストとして使えません(動詞の一致に関しては諸説あります)。なので別の文法テスト使うのですが、詳細は割愛します。

大事なのは「主語と見なすことができる名詞は文法的にこんな振る舞いをするぞ!」とか「あんな振る舞いをするぞ!」ということを調べて、「だから文法構造的に(樹形図の上で)この名詞はこの場所にある!」という言い方をするということ

それで、樹形図上で主語の機能を示す場所は、Infl の指定部や T(ense)(時制)の指定部であると言われることが多いです(指定部は英語で Specifier です)。なのでこれらの場所は主語として見なすことができます。

ですので「象は鼻が長い」に関してもわれわれ生成文法の研究者は、文法的テストを行なって「象は」が主語なのか「鼻が」が主語なのか、あるいはどちらも主語なのか(主語ではないのか)を決めることになります

生成文法は単語を取り扱わないのか?

ここからは、個別具体的な箇所に関する補足です。

6:45で堀元さんから「生成文法の研究者は単語は理解したくないんですか?」と質問が飛んでいます。
確かに当時は単語レベルの分析までは取り扱っていなかったものの、理論の発展にともなって、現代の生成文法の枠組みでは語の形成も扱っています。なお、僕はそのフレームワークを採用しており、この立場から見れば単語も生成文法が考える統語規則で作られることになります。(この立場を分散形態論と言います)

この立場を採用すると、単語(厳密には語形成規則=単語ができあがるルール)も文法の一部といえます。こう言ってもピンとこないと思うので、例を見てみましょう。

英語の例になりますが、 unbelievable(信じられない) は以下の階層構造で分析されます。

[ADJ un- [ADJ [V believ(e) ] -able ] ]         (ADJ = 形容詞、V = 動詞)

難しく見えますが、要はbelieveにableがくっついて、そのあとunがくっつくよね、と言っているだけです。
このあとの第3回、第4回で出てきますが、文も似たような過程をたどってできあがっています。「僕は言語学が好きだ」は、「好きだ」に「言語学が」がくっつき、そのあとに「僕が」がくっついてできあがってますから。
このあたりを厳密に解説し始めるとキリがないのですが、とにかく今の生成文法では単語のできあがり方も扱えるんだ、ということを覚えていただければ十分です。

置き換えについて

27:50あたりの僕の解説ですが、例を少しミスったので補足します。
具体的には、「置き換え(replacement)」とか「移動(move)」の話をしているのに、動詞句(VP)が消されている話をしてしまっています。

John studied Japanese, and Mary did, too.

この例は「VP 削除」(VP ellipsis) というまた別の現象で、置き換えや移動ではありません

このあと水野さんが日本語の「そうした」を使って説明してくれていますが、この例文は置き換えにあたります。

堀元さんは英語を勉強した。水野もそうした。
Horimoto studied English, and Mizuno did so, too.

終わりに

第2回は、チョムスキーの標準理論を取り扱います。
動画の公開時に補足記事が公開されるようにいたしますので、ぜひ合わせてお読みいただけますと幸いです。


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