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言語の面白さは、フェルマーの最終定理と同じ【『言語沼』プロローグ】

水野  突然ですが堀元さん、噂が広がっていくうちに、話が大きくなっちゃうことってありますよね。
堀元  あー、あるね。10 万円宝くじ当たっただけなのに、100万円当たったことになってる、みたいな。
水野  そういうことを表した慣用句で、「話に○○がつく」というのがあります。
○○に当てはまる言葉は?
堀元  分かるよ。尾ひれでしょ。

水野  そうですね。これ、不思議じゃないですか?
堀元  え、いや、何も不思議じゃないけど。
水野  ホントに? よく考えてみてください。
堀元  うーん……分からんな……。
あっ、魚類にだけ肩入れしてるのはおかしい! 両生類や鳥類にも配慮しろ!ってこと?
水野  違います
堀元  じゃあギブアップです。
水野  そもそも“ 尾ひれ”って、何のことか分かります?
堀元  このイラストみたいに魚の尾についてるひれのことでしょ?

水野  違います
堀元  えっ!!! いやいや、そこ否定すんなよ!! そこは明ら
かでしょ!?
水野  まあまあ落ち着いて。今から言うシチュエーションをよく想像して
ください。
堀元  ……はい。
水野  水族館で、めちゃくちゃ大きいサメが水槽の中で泳いでます。
堀元  うん。
水野  サメが自分の前を通過したとき、尾についてるひれがめちゃくちゃ大きいことに感動したとしましょう。なんて言いますか?
堀元  えっと……「すげ~! 尾びれ、大きい ~!」かな……。あっ!!!
水野  何が言いたいか分かりました?
堀元  かんっっぜんに分かりました。さっきは“尾ひれ”で、今は“尾びれ”でしたね。
水野  これ、何が違うんですか?
堀元  さっぱり分からない……。

母語話者なのに、分からないことだらけ

水野  分からないんですか? 母語話者なのに?
堀元  その煽り、めちゃくちゃ悔しいからやめて。
水野  でも、使い分けてましたよね。話につくのは尾ひれで、水族館で魚を見たときに言うのは尾びれって――。
堀元  そうだね。
水野  ちゃんと使い分けてるんだから、判断基準をちゃんと教えてください。
堀元  ……まったく分からない。意識したこともないし。
水野  改めて考えてほしいんですが、“尾ひれがつく”って言ったとき、何を意味してますか?
堀元  本体に余計なものがくっついちゃうみたいなことだよね。
水野  そうです。イメージとしては、身体の主要部分からはみ出たものがくっついてるってことですね。
堀元  うん。
水野  だんだん話が見えてきませんか?
身体の主要部分からはみ出たものってことは、つまりであり、ひれであるってことですよ。
堀元  ……うん……あっ!!!!!
水野  理解しました?
堀元  完全に理解した。
水野  では、答えをどうぞ!
堀元  話につくのは尾とひれであって、尾びれではないってことでしょ?
水野  そういうことです!!!
ひれびれになるみたいな、言葉の繋がりによって濁点が付くことを連濁と言います。
堀元  「連濁」、言葉は聞いたことあるね。
水野  連濁には法則があるんです。今考えてもらったように、“尾とひれ”を意味する場合は、尾ひれと連濁しません。
堀元  2つが並んでいる場合ってことかな?
水野  そうです。つまり、並列関係のときは連濁しない。
逆に、修飾関係のときは連濁します。
“尾のひれ”の場合は修飾関係なので、尾びれになるワケです。
堀元  なるほど!! めっちゃスッキリしたわ。
水野  我々は無意識に2つの単語の関係を判断して、連濁するor 連濁しないを判断してるんですね。
堀元  面白いね。並列関係だと濁らないんだ。これってもしかしたら、社会の中でも同じかもしれない。
水野  どういうことですか?
堀元  独裁政治は必ず腐敗して濁っていくけど、民主主義は腐敗しづらい。力が拮抗して並列してる集団は濁らない。
水野  急に思想が強い。
堀元  この連濁の法則は、権力の分立の重要さを訴えてるということですよね?
水野  違います。
堀元  そして、例文として「話に尾ひれがつく」を持ってきてるのも、風説の流布に警鐘を鳴らしてるということですよね?
水野  そういう意図は一切ないです。
堀元  今こそ民衆は立ち上がるべきだと、そういうことですよね?
水野  人を煽動家扱いするのやめてもらっていいですか。

「やまかわ」と「やまがわ」の違い

水野  さて、堀元さんが散らかしちゃったので、元に戻しますね。
堀元  ごめん……。
水野  今してたのは、連濁の話でした。修飾関係のときは連濁するし、並列関係のときは連濁しないという法則です。
堀元  そうでしたね。
水野  他にも事例はいっぱいありますよ。
夏の日差しを遮るために使う傘のこと、なんて言いますか?
堀元  日傘(ひさ)だね。
……あっ、ホントだ! これ、修飾関係ですね。
水野  でしょ?
日に対して使う傘だから、修飾してるんですよ。だから濁る。
堀元  楽しいなこれ。他にもあります?
水野  ちょっと面白い事例でいうと、山+川ってのもあります。 「山川」と書いて、どう読みますか?
堀元  「やまかわ」かな。
水野  どういうイメージですか?
堀元  世界史の教科書です。
水野  そういうボケいいから。歴史の教科書に強い山川出版社ね。
そうじゃなくて、「やまかわ」の自然界におけるイメージは?
堀元  え、まあ、山と川じゃないですか?

やまかわ


水野  そうですよね。では、「やまがわ」と読んだときはどうですか?
堀元  ……あっ!!!! すごい!!!
「やまがわ」だと、山の中を流れる川のイメージになった!!
水野  そういうことです。
これも並列関係or修飾関係ですよね。濁ってると修飾関係です。


やまがわ


カエルはガエル、トカゲはトカゲ

水野  こんな感じで、我々は無意識に連濁を使いこなしてるんです。
堀元  考えたことなかったけど、注意せずに表現を変えてるってすごいね。
水野  実は、連濁に関して、もっと他の法則もあるんですよ。 毒を持つカエルのことを一単語でなんて言うと思いますか?

堀元  いや、知らないけど。
水野  雰囲気で言ってみてください。ドク + カエルは……?
堀元  ドクガエルですか?
水野  そうですね。
では、毒を持つトカゲのことはなんて言いますか?

堀元  ドクトカゲですかね。
水野  いいですね。この時点で、不思議な現象が起きてることにお気づきですか?
堀元  えっ、何が?
水野  カエルに「ドク」をつけると「エル」になりましたね?
堀元  うん。
水野  でも、トカゲに「ドク」をつけても「カゲ」にはならない。
堀元  あっ!! ホントだ!!!!
水野  これはどう違うと思いますか?
堀元  うーん、かわいさですか?
水野  違います。
堀元  かわいければ濁音にならないみたいな。
水野  違います。
堀元  チワワは毒を持ってたとしてもドクヂワワにはならないでしょうからね。かわいさがポイントですね。

水野  違うからもう黙れ
答えを言っちゃうと、すでに濁音がある言葉は連濁しません
堀元  あ~、なるほど! すごいな!
水野  言ってる意味、分かります?
堀元  「カエル」には濁音がないから「ドクエル」になるけど、「トカゲ」には濁音があるから「ドクカゲ」のままってことでしょ?
水野  そうですそうです。
堀元  その理屈で言うと、チワワが毒を持ってたら……?
水野  「チワワ」には濁音がないですから当然、「ドクワワ」 になると思います。
堀元  なるほど! かわいくても濁点が付くんですね! ドクヂワワになるんだ!
水野  はい。かわいさは関係ありません。毒を持っているチワワは、ドクヂワワです。
堀元  水野さん、1つ教えてあげたいことがあるんですが……。
水野  はい。
堀元  毒を持ったチワワなんていないですよ?
水野  お前が言い出したんだよ。

ライマンの法則

水野  すでに濁音がある言葉は連濁しないという法則を発見した人はライマ
さんと言いまして、ライマンの法則と呼ばれてます。


ベンジャミン・スミス・ライマン
(1835年12月11日〜1920年08月30日)
アメリカ合衆国の鉱山学者

堀元  へえ~。ライマンさんが発見したんだ……。
……。
……ん??? 日本人じゃないの??? 日本語の話なのに??
水野  そうなんですよ。B・S・ライマンっていうアメリカ人が発見したんです。
堀元  へえ~。やっぱりアレかな。母語についてはみんな深く考えないから、外国人の方が有利なのかな。
水野  まあ、そういう側面はあるのかも……。
でも、ライマンの発見は、実は再発見だったようですよ。 本居宣長とかが先に発見していたらしい。
堀元  なんだ、ライマン、第一発見者じゃないのか。
水野  そうですね。日本の国学者が先に発見していたようです。
堀元  ちなみに、“科学的発見には第一発見者の名前がつくことはない”という法則にも名前がついてまして、これはスティグラーの法則といいます。
水野  法則の説明をしてる途中に、別の法則を説明するな。
堀元  ごめん。つい、知ってるうんちくを挟みたくなってしまって……。
水野  余計な情報を増やして脱線させないように気をつけてくださいね。
堀元  でもほら、ライマンの法則はまさにスティグラーの法則に当てはまってるから嬉しくなっちゃって。
水野  まあ、たしかにドンピシャのうんちくではありますね。実際、ライマンの法則も第一発見者じゃない人の名前がついてるワケだし。
堀元  ちなみに、スティグラーの法則自体もスティグラーの法 則を満たしてまして、第一発見者はスティグラーではなくマートンなんです。
水野  余計な情報を増やすなって言ってんだろ。


スティーブン・スティグラー
(1941年08月10日〜)
アメリカ合衆国の統計学者

言語の面白さは、フェルマーの最終定理と同じ

水野  堀元さんは、今までの人生で、ライマンの法則を知らずに暮らしてきたワケですよね。
堀元  そうですね。完全に初耳でした。
水野  アホみたいな顔して、30年近くボーッと母語話者をやってたワケですよね。
堀元  ライマンの法則を知らなかっただけで、ひどい言われようだ。
水野  でも、カエルとトカゲの連濁については正しく使い分けることができましたね。
堀元  うん。理屈を知らないのにちゃんとできたね。
水野  それこそが、言語の面白さなんです。
堀元  どういうこと?
水野  僕たちは、理屈は分からないのに、なぜか正解は知ってるんです。
堀元  あー、それ、たしかに珍しいかも。普通は理屈から答えを導き出すもんね。
水野  はい。これって数学の証明問題とかにちょっと似てるなって思うんですよ。
堀元  そうだね。結論が与えられてて、そこに至るまでの過程を導き出すっていう。
水野  証明問題にはドラマ性があるじゃないですか。フェルマーの最終定理とかが有名ですけど。


ピエール・ド・フェルマー
(1601年10月31日?〜1665年01月12日)
フランスの数学者。「数論の父」と呼ばれている。フェルマーの最終定理は、 「x^n +y^n =z^n(nは3以上の自然数)となる自然数x、y、zの組は存在しない」という定理。彼がノートの余白にこの予想を書いたせいで、多くの数学者の人生が狂ってしまった。

堀元  あー、そうだね。サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』を読んだときは、「こんな簡単そうな証明に何百年もかかって、人生を賭けてきた数学者がたくさんいたのか!」って感動したわ。
水野  そうです。でもぶっちゃけ、フェルマーの最終定理は僕たちにはあまり縁がない世界なワケですよ。x^n+y^n=z^n を日常的に使ってる人、多くないでしょ?
堀元  うん。僕も使ってない。
水野  一方、言語については全員が毎日使ってます。
堀元  そうだね。
水野  だから、フェルマーの最終定理よりもずっと身近なんですよ。
毎日使っている「日傘」とか「カエル」みたいな日常的な言葉の中に、問題が潜んでるんです。
堀元  たしかに、「日傘」はフェルマーの最終定理より見る機会が圧倒的に多いね。
水野  そうです。だから、言語の謎に挑戦することで、フェルマーの最終定理に挑むドラマを誰でも追体験できるんです。
超身近な問題で、誰でも正誤判定ができて、それなのに証明過程が分からない。そういう問題に取り組む一 大ドラマを味わえます。
堀元  めちゃくちゃ面白いじゃないですか!! 言語!!!!
水野  そう、めちゃくちゃ面白いんですよ!!!! 言語!!!!
堀元  鬼おもろコンテンツじゃないですか!!! 言語!!!
水野  鬼おもろコンテンツですよ!! 言語!!
堀元  あっ、でも待てよ……?「コンテンツ」には濁音がないから……鬼おもろゴンテンツじゃないですか!!
水野  そうはならんやろ。
堀元  毒を持ってるチワワはドクヂワワだし、言語は鬼おもろゴンテンツですね。
水野  こわいって。
※ 言うまでもないですが、ライマンの法則は原則として日本語の法則なので、外来語のチワワやコンテンツには適用されません。ふざけちゃってごめん。

まとめ

水野  以上、プロローグでは、言語の面白さについて語ってきました。
堀元  鬼おもろゴンテンツですね。
水野  それ、散らかるからホントやめて。
堀元  ごめんなさい。
水野  とにかく、言語は、結論だけ分かるのに過程が分からない身近な証明問題の宝庫であり、言語の謎に向き合うことはフェルマーの最終定理に向き合うような一大ドラマであるというのが、今回の趣旨でした。
堀元  言語、めちゃくちゃ楽しいですね。そんな身近な問題がたくさん載ってて、それに対する答えをゆるく楽しく味わえる本とかがあればいいんですけど……そんな都合のいい本はないですよね?
水野  ありますよ。
堀元  えっ、あるんですか!?
水野  それが、『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』です。
堀元  すげ~!!! 最高の本ですやん!
水野  僕らなりに言語の楽しさを詰め込んだので、読者の皆さんにも味わってもらえると幸いです。
堀元  最高ですね! 鬼おもろ本ですね!
あっ、これ連濁だ! 鬼おもろんだ!! ライマンの 法則を満たしてる!!
水野  ……。
以上、もし気になったら、ぜひ『言語沼』をお求めください!

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