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舞台「母と暮せば」感想

※ネタバレあり

「僕だよ」を聞いたとき少しゾクッとした。このセリフを聞く時、浩二はこの世の人ではないのだな、と私は感じる。でもその後柔らかく笑うその一瞬で「この人は浩二なんだ」と思わせてくれる。松下さんの、どこか安心させてくれるような柔らかい微笑みが改めて大好きだと思った。きっと浩ちゃんは生きている間ずっと、母さんをそうやって安心させてきたのだと思う。

そこから久々に再会した親子の思い出話は弾む。テンポが良くて、楽しくて、幸せな会話だけれど、「あの日のこと」「母さんが助産婦を辞めてしまったこと」「町子のこと」「紫の斑点」……。楽しい会話をするには、2人の間に横たわる辛いことはあまりに大きくなってしまった。それでも、あまりにも愛に溢れた、優しくて、尊い会話だった。

浩二が母さんの作ってくれたとろろ昆布のおむすびとなすのお味噌汁を泣きながら食べる場面。母さんの思い出の味に触れて涙する浩二のことがすごく愛おしかった。形はないけれど、浩二が大好きだったものは、きっとそのままそこにあったと思う。浩二は泣いていたけれど、私は素直に「良かったね」と思った。

浩二が自分が死んだ瞬間のことを語るシーン、圧巻だった。目が離せない熱演でありながら、目を逸らしたくなるくらい、怖くて、怖くて、自分が想像できる限界を超えるものだった。映像で見ても十分怖かったが、劇場でみると、まるで自分まで熱くなってきたような気さえした。苦しむ浩二に母さんが水を与えるところは辛かった。あの日苦しんだ浩二にも水を飲ませてあげたかった。浩二はあの日、ただ、ただただ苦しんでそのまま燃えてしまった。あの日の浩二が、このお水で少しは救われたかな。救われていますように。

大好きな場面は、「誰が一人ぼっちね。」からの浩二の優しい語り。死後の浩二から語られる「ずっとそばにいる」という力強い言葉は、伸子の心に3年間ありつづけた怒りと悲しみで固くなったものを少し溶かしたと思う。戦争を題材とした作品でありながらも、「生と死」や「愛」といった普遍的なテーマについて考えさせられる場面だった。

伸子にとっては、あのまま浩二と一緒に天国に行くのが幸せだと感じられたかもしれない。それでも、浩二をはじめ亡くなった家族は見守ってくれているし、例えば町子の子どもを取り上げた時、また以前のような喜びを感じられるかもしれない。生きているからこそ感じられる、伸子の未来の幸せが見えた気がした。映画版とは違うけれど、とても希望が見える終わり方で私は好きでした。




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