嫌なやつ
入試の日、会場となる教室はHBの鉛筆を持つ手が震えてしまうほど寒かったけれど、2日ともよく晴れた冬の穏やかな気候で、私の味方をしてくれているようにも感じた。試験時間内に2回も見直しをできるほど、スラスラと問題を解き、1年しかやっていない猛勉強の部分だけが出題されたかのようだった。
一週間後、午前10時から10時半までの間に電話が鳴ると不合格。試験翌日に新聞に回答が掲載されていて、ほぼ合っているという自信があったから鳴らない!と信じて時が経過するのをじっと待っていた。
10時31分、電話が鳴った。信じられない、あれだけ正解しているのに素行が悪かったのがダメだったのか.....そんな思いで受話器を上げると
「鳴らなかったね!!」
母だった。なんだよ、びっくりするじゃんかよ、落ちるって思ってなかったし、1分遅れの不幸の電話かと思って心臓が止まりそうだったよ。なんて笑いながら話をし、誰に連絡して良いものかふと考えた。
もし、一緒に頑張って来た子が落ちていたら、不憫に思うだろうし、だけど自分よりも前から真面目に勉強して来た子たちばかりだから、私が受かってるってことはみんなも受かってるだろう、そんな思いでいた。
「お友達に連絡しなくて良いの?」
「どうせ明日合格者発表の張り出しを見に行くし、もしものことがあったことを考えると、変に刺激しない方が良いと思うから連絡しない」
「塾の先生には連絡しなさいよ」
「わかった」
合格者の番号が張り出された掲示板を見に行くと、そこにはもちろん、切磋琢磨した友人たちがいた。
「受かったかどうか連絡してよ!!」
いや、それこっちのセリフ。きっと、私が成績下がったり上がったり、落ち込んだり色々感情面で忙しかったから、みんな心配してくれていたのだろう。
それから入学説明会の日が訪れた。
母がどこか誇らしげに思ってくれているのが、なんだか伝わって、私が誇らしげにいるよりは良いか、といつも通りの私でいようと思えた。無事説明会を終えるとバスケ部のキャプテンとその母、4人でランチしようということになった。
「え?」
橋田美子の母が私を見て言った。
「お母さん!!」
まるで、その先は言わないでとでも言うように橋田美子は母を呼び止めた。
だろうね、あなたの娘は最初から最後まで優秀な成績で、職員室に呼ばれることもなくて、当たり前のように川内高校に行くと思っていたのだから。あなたが馬鹿にしてたのは知ってたよ、気にしてなかったけど。私があなたの娘の失態を知っていたから、彼女は私に対して何もしてこなかっただけで、それがなければただのミーハーで、自分の利益になることを発見したときだけ私に話しかけて友達ぶってたもんね。
ほんと嫌なやつ。
蛙の子は蛙って言うけど、嫌なやつって遺伝するんだよ。そんなことを思っていたら、せっかくの食事も不味くなる、と、4人で楽しくランチを済ませ帰路に着いた。
「美子ちゃんのお母さん、お前が受かったの?って顔してたね」
「そうだね、気づいてたんだ?」
「うん、まぁでもやってやった感じが嬉しかったけどね」
少しだけ、嫌なやつを嫌なやつじゃない、と思わせてくれた。
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