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水町勇一朗著「労働法入門」岩波新書2019


(概要)


労働基準法をはじめとする制度概要入門書。
「国家」「個人」「集団」の役割から、今後の日本の労働法を考えることができる1冊。

労働観の違いが法律に現れている。
労働=苦役・罰(キリスト教カトリック)
  =道徳的価値(キリスト教プロテスタント)
  =家業(生業+職分)(日本江戸時代)


(目的)


労働法のおさらいのため。


(気づき)


自分の時間を自由に生きたいさんも、
仕事大好きさんも、今のままの労働法では、
思うように働けないし休めないということ。


(TODO)


では、どうすればいいのか。
「これからの労働法のあり方を決めるのは、皆さんである。」
と水町は締めくくり、個人では声を挙げづらいため「集団」の重要性を説いていたが、

私はあまり集団が好きではない。

ただ、同じ方向性の仲間とはいい仕事をしたいと思っている。


私は、仕事大好きですが、自分時間も大事に生きたいさんなので、

しっかり仕事!しっかり遊ぶ!を充実させるために、

定時に帰ることができて、休みたいときに年次有給休暇を取得できることの実現がしたいです。

年次有給休暇の未消化防止の計画年休は、ちょっと反対派。

半分までなら妥協範囲。

事前調整して、休みたいときに休めるといい。

その代わり、働くときはしっかり。

緩急つけて働きたい!

余談ですが、

私がまだ社会保険労務士の受験勉強を始める前(15年くらい前かしら)に、
名古屋市内で労働法全般を学ぶ一般市民対象講座で使用したテキストは、
受験勉強用のものでした。
本書のような新書で労働法を網羅的に広く浅く学べるもので講座が主催されて、ディスカッションもできれば良かったと思います。

私が主催しましょうか。


さて、労働観の違いについて。

日本の江戸時代では、「家業」としての労働、すなわち、
生活の糧を得るための「生業」としての労働に加えて、「職分」として社会の中での役割を果たしてきた。
「三方よし」の時代でもあった。

それが現在は、どうであろうか。
「三方よし」がSDGsでやっと取りざたされているように、程遠いのではないか。


戦後生まれの私の両親は、共に「生業」「苦役」という価値観で、「職分」があったとすれば残業の言い訳。
それは、労使双方がそうだったのではないか。

それが私にとってはとても窮屈なものだった。
「苦役」から解放される「長期の休暇」は、20年に1回。

本人も家族も窮屈な思いをすることなく働けるようにならないものか。

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