見出し画像

ゴールデン・デイズ ~絶対零度の挑発より~

ゴールデン・デイズ  ~絶対零度の挑発より~
                     ゆりの菜櫻
 久々に戻ってきたサラディナ公国は、9月も半ばに入り、辺りは冬の気配を帯び始めていた。
 夏から、短い秋を経て、長い冬に入るサラディナは、ジャケットを着ている加賀谷(かがたに)でも、少し寒いと感じるくらい気温が低い。
 冬に入る前の僅かな秋を彩るかのように、サラディナの街頭に並ぶ街路樹は、見事に紅葉しており、黄金に輝いていた。
 加賀谷は、空港から乗ったタクシーの車窓から見る、久しぶりのサラディナの町に、心を奪われた。
 ニューヨークの秋も素晴らしいが、サラディナのこの美しさとは、どこか違う。
 たぶんニューヨークには『彼』がいないからだ。あの口の悪さと、平気で加賀谷を騙そうとする悪辣さを持つ男が生活の一部にいないと、加賀谷は寂しいと感じてしまうのだ。
 彼、ミハイルはこの加賀谷の気持ちをどこまで理解しているのだろう。
 早く気付けと思う反面。気付くな、と思う自分もいる。ミハイルが気付かぬうちに追い詰め、彼が加賀谷の本気に気付いた時には、絶対逃げられないように周りを固めておきたい。
 最後の恋の駆け引きには絶対勝つ。ミハイルにも気づかれないように、秘密裏に勝利を手にするつもりだ。
 加賀谷は公邸の前でタクシーを降りると、門の警備兵に声をかけた。話は通っていたようで、すぐに中に入れてもらえた。そのまま公邸横を横切って、裏庭へと回る。
 日曜日の朝、ミハイルは市内に借りている高級アパルトマンから、父である大公の住む公邸の裏庭にある、プライベートな教会に祈りを捧げにくる。それはミハイルと深い仲になって少し経ってから、加賀谷が知ったことだ。
 加賀谷は、ミハイルがここにいるだろうと思い、空港からそのままやってきた。
 足元に黄金色の落葉が絨毯のように広がっている。空を見上げれば、やはり同じく黄金色に染まった木々の葉が、高い空を覆い隠していた。
 すべてが金色に染まった世界だった。
 道さえも落葉で隠され、どこか遠い森に迷い込んだような錯覚さえ覚える。
 緩やかな坂道を歩くと、黄金の葉の間から真っ白な教会の壁が見え隠れし始めた。古い教会は、その佇まいから、中世の時代にでも来てしまったかのように思えるほどのものだ。
 昔、馬車でそのまま乗り入れたのだろうと思われる、入り口を横目で見ながら、加賀谷は教会の正面口へと回った。
 教会の木戸は開け放たれており、加賀谷の気配に、ちょうどミハイルが振り返ったのと、視線が絡み合う。
「加賀谷……」
 彼の驚きを含む声が聞こえる。それだけでもここに黙って来た甲斐がある。
「どうしてここに?」
 どうやら突然の加賀谷の来訪に、驚きを隠せないらしい。魅惑的なアメジストの瞳を瞠目させ、固まっている彼に近づき、腰を引き寄せた。
 彼の瞳が更に大きく見開くのを間近で見ながら、唇を重ねる。二ヶ月ぶりに味わう彼の唇はやはり甘かった。
「加賀谷、君はいつも突然現れるな……」
 唇が離れると、すぐにミハイルが囁いてきた。
「こうやって突然現れても、門を通れるように手配してくれる優しい恋人がいるからだよ」
 再びキスをする。今度はミハイルの下唇を甘噛みするように、吸い上げる。すると彼が小さく笑った。その笑みに誘われるように、加賀谷は彼のプラチナの髪を指に絡ませた。何度もニューヨークで触りたいと思っていたミハイルの髪だ。ミハイルは別にそれを嫌がることもなく、加賀谷のしたいままにさせてくれる。そんなところにも、彼にとって加賀谷が特別であることが見て取れる。
「いい教会だな」
「十五世紀半ばに建てられたものだ。多くの人の祈りが染み付いているせいか、ここにいると、心が穏やかになる」
 ミハイルがそっと目を伏せた。気に入っている場所の一つなのだろう。彼がいつもよりリラックスして見える。
「この教会で、愛していると誓えば、君は俺のものになってくれるか?」
 だからつい、そんなことを聞いてしまいたくなった。瞬間、彼の肩が小さく揺れるのを、加賀谷は見逃さなかった。だが、それを追求しようとは思わなかった。彼を追い詰めたいと思う反面、彼を守りたいという思いも強いからだ。
 しばらく沈黙が続く。教会の窓からは、先ほどから目にしている金色の葉がよく見えた。優しい金色に包まれた空間に、二人だけ取り残されたような気がしてくる。
「言ってみたらどうだ?」
 急にミハイルが口を開いた。
「え?」
「撃沈するぞ、きっと……」
 ミハイルが意地悪な笑みを零しながら、そっと呟く。
「撃沈するって……どういう意味だ?」
「どういう意味だろうな」
 加賀谷の言葉をミハイルが意味ありげに返してくる。
「振られるってことか?」
「ベッドに撃沈かもしれないな……」
 ミハイルは素早く加賀谷にキスをし、教会の外へとさっさと歩き出した。
「どっちなんだ?」
「君次第だな、それは」
 ミハイルはそう答えると振り返り、加賀谷に花が綻ぶような笑顔を向けたのだった。
                        END
「絶対零度の挑発」プラチナ文庫アリス刊
現在、紙媒体は絶版ですが、電子書籍で発売中です。
本編もどうぞ宜しくお願いします。
攻め×攻め 本編はリバありですので、、ご注意ください。
詳しくはこちら→http://www.printemps.jp/c/item/2439.html


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?