私の代わりに星が泣いた

冬になると思い出す夜がある。 

第一志望だった大学に合格したあとに親に「お金がないので入学させられない」と言われ入学を辞退、そのあと少しだけ興味のある学部がある大学にやっとこさ入学したものの、やっぱり本当にやりたいことではなく、このままでは時間もお金ももったいないと考え、たった一年で退学した年のことだ。

私は文章を書く勉強をするため、短大の受験を受けることにした。
もともと読書が好きだったし、購読してる雑誌もあり憧れの業界だった。
それに文章力はライターに限らずなにかと社会で生きていくのに必要なものだし、身につけておいて損のない知識だと思ったからである。

さらにその短期大学にはセンター試験で規定以上の成績を収めれば2年間の学費が全額免除になる特待生制度があり、絶対に特待生として入学してやると決めた。
進路に悩んでいた高校時代、大学に資料を請求し、入学費、年間の学費すべてを一緒に確認して受験を了承したにも関わらず、合格通知に記載された入学費を見るなり「辞退しろ」と吐き捨てた我が親には、今後一切の金銭的援助を頼まないと心に固く誓った私にとって、この上なくありがたい話だった。
親に関しては、恨んでいるとかそういうレベルの話ではない。いっそのこと私には親などいないと言われたほうがマシだと思えるほど、実家での生活は苦痛に満ちた日々だった。
希望の大学に行けず泣き暮らす私に「被害者面するな」と言った母の顔。
家族会議に真剣に向き合わず酒ばかり飲み、いつも加齢臭を撒き散らしていた父。
今思い出してもあまりのトラウマに動悸がしてくる。
勉強に自信はなかったけれど、学業に部活と忙しかった現役高校生時代とは違い、必要最低限のバイトだけこなし、残りのすべての時間を試験勉強に充てられる今の自分なら勝機はある。

なにより、一日も早く家を出たい。
子どもを養う経済力もないくせに、結婚するまでは家から出さないという支離滅裂な教育方針を持つ親だった。
でもこれ以上一緒に暮らして、親に恵まれなかった惨めな自分の運命に打ちひしがれる日々には耐えられない。
くそったれ!じゃあ最短ルートで自立してやるよ!私は幸せになるために生まれてきたんだ!
結局最後まで原動力は実家からの離脱だったように思う。

当然予備校に通う余裕はなかったので、通信教育から月イチで届く教材を繰り返し解き、物足りないところは書店で参考書を購入して補った。月一万円程度の通信教育費はアルバイトで十分賄えた。

夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬がやってきて、いよいよ年末が近づいてきた。センター試験を来月に控え、バイトも受験を理由に一ヶ月休みをもらって最後の追い込みをしていた。
夜ふかしが得意じゃないので普段なら23時頃には眠くなるのに、その日はなんだかハイになっていていつまでも起きていた。
家は相変わらず居心地が悪くて、「勉強に手を抜くとこの地獄から出られないぞ」と見えないなにかが耳元でささやいてくる。
短大受験をすると決めてから今まで孤独に戦ってきた長い時間は決して裏切らないはずなのに疑心暗鬼になってしまう。

どうしてこんな家に生まれてしまったんだ。
もし特待が取れなかったらと想像したら死んでしまいそうに怖い。
なんで私ばっかり。どうしてどうして。
被害妄想が膨らみ続けて、部屋が負の感情が充満していくようだ。

たまらなくてじっとできず、冷たい空気が吸いたくなって、夜中の2時に家を出た。
それに今日はふたご座流星群だってニュースで言ってたな、もしかしたら見られるかも、と思ったのである。
実家のマンションには中層階に住人が自由に過ごすことができるテラスがあり、誰もいないベンチに寝転がって凍てつく夜空を見上げることにした。

都会の明かりに照らされて、冬の空は白っぽく輝いていた。
集中力が完全に切れてしまった脳みそは、さっきまで暴れていたネガティブな記憶に疲弊しきっていた。

この一年、いっぱい泣いた。
こんなにつらいことがあっていいのか。
これが血の繋がった肉親であってたまるか。
こいつらを思いっきり殴り飛ばしてやりたい。
ある朝起きたら全員消えていればいいのに。
本気でそう願って、でも叶うはずもなくて絶望し、恨みや悲壮を圧縮して生まれたような歪んだ熱を受験勉強に注いでいるうち、気がつくと上手に泣けなくなっていた。

明るい夜空を見ているうち、部屋の中でヒートアップしかけていた被害妄想は小さくしぼんでいった。
落ち着きを取り戻す反面、また泣くタイミングを失ってしまったことを残念に思っていた。
無理矢理にでも思いっきり声を出して泣けたなら、この一年心のなかで何度も殺してきた、惨めにうずくまる真っ黒で可哀想な自分を慰めてやれるのに。
思いっきり泣いて、大変だったね、つらかったねって誰かに言ってほしかった。
ひどい親たちだね、君が望むなら二度と会わなくてもいいんだよって、誰か救ってくれたらと本気で夢見ていた。

頭の中でお涙頂戴な言葉をいくら考えても、ひとつも涙は出なかった。
夜空には、ぽろりぽろりと流れ星が落ちていった。

30分は外のベンチに寝転がっていたと思う。
いい加減寒くなって部屋に戻った頃にはたまらなく眠くなり、布団に潜るとすぐに寝落ちてしまった。

迎えたセンター試験当日、手応え十分で試験を終えた。
辛めの自己採点でも特待生を取れる点数を確認し、後日無事に合格通知とともに特待生となった知らせを受けた。

結局家を出られたのは社会人2年目の春だった。
結婚するため遠方に引っ越し、以来一度もホームシックになったことはない。
結婚資金も要求せず、引っ越しも事後報告、なにかと理由をつけて実家には寄り付かず、必要最低限しか帰省しない娘を見て、親は最近しおらしくしている。
私はあのとき決めたとおり、親から金銭援助を一切受けずに、今幸せに暮らしている。

寒くなると、あの夜を思い出す。
あの夜うずくまって自暴自棄になっている私に、寄り添い、背中をさすりながら頭をなでているのは、今の私だ。
よくがんばったね、えらいよ。
今、私は幸せだよ。
自分で勝ち取ったんだよ、すごいよね。
私は私が自慢だよ。

夜空にはぽろぽろと流れ星が落ちている。




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