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だいたいの商売が自衛隊員相手の街の漫画喫茶で眠る話

わたしがガールズバーで働いていた時、知らないふりをするのが仕事だった。

現実を忘れるために酒を飲むので、店に来るたびに卒業大学が変わっているお客さん。酒に詳しい自分であるために酒を飲むので、店に来るたびに同じうんちくを繰り返しているお客さん。

毎回大学違う人はいつもコロンビアとかスタンフォードとか言っていたし、毎回うんちく同じ人はいつもアードベッグとかラフロイグとか言っていた。そこへ米兵が飲みにきた。なんかみんなスンッとした。女性が接客する店でコロンビアとかスタンフォードとかアードベッグとかラフロイグとかおっしゃる男性客の皆さんを前に、わたしがとった行動は、「がんばっている感じでいっしょうけんめいな英語をしゃべる」というものだった。ハロ、ハワユ。ナイスチュミーチュ。ピザ、ラムコーク。

決して、優越してはいけない。

ここまでですでにご不快になられた方がおられるのだろうなと思いながら書き続けている。追いご不快で申し訳ないが、米軍基地のない街とある街の違いについてわたしが感じることだけ聞いてってほしい。いろいろあるけど、街の歴史も街の空気も端的に現れるポイントはここだと思う。日本人経営者が米兵男性客のために日本人男性客の入店を断る店があるか、ないかだ。

今、インターネットで検索しようとした?
鵜呑みにしないで調べようとする人は好きだけど、でもそんなのさ、出てくるわけないじゃん。インターネットで調べたくらいで。

「政治と宗教とスポーツの話はするな」って、日本の飲み屋文化では言われる。「(女が) 政治と宗教とスポーツの話はするな (だってわかるはずがないから)」ってことも、日本社会で暗に教わった。油くせえ町中華のテレビに映る短髪の女性政治家をクソほど罵って笑っているおっさんらの横で紹興酒だくだくの角煮丼を食いながら育つうちに察した。国会の女性トイレが盗撮され、アスリートも盗撮され、腹が立つんでリンク貼らんけど不妊やセックスレスに悩む女性たちに宗教装う団体が「子宮の温まるパワーストーン」みてえなやつを売りつけたりするような世の中に殺されずに生きてやる上で、政治と宗教とスポーツほど必要な話はないと思っているので、わたしは話し続けた。

人を傷つける奴は、大体自分がズタボロに傷ついていることを忘れたがっている。そうなんだよな? それで許してやろうってんじゃないけど。

起こってしまったことに対して許すとか許さないとか言葉と金の話じゃんって思うのがかなしくてわたしは話し続ける。終わらせたくないのだ、許すことでも、許さないことでも、許しなんて言葉と金の話でしかないんだって諦めることでも。終わらせないためには話し続けるしかない。フランスの人とフランス語で日本について話した時には閉口した。現代日本語で自衛隊と呼ばれている団体を「L'armée japonaise(日本軍)」、現代日本語で天皇と呼ばれている概念を「L'empereur du Japon(皇帝)」と呼んでくるのだもの。「ぼくだけのプリンセスを探しています」ってコメントとともにバチイケ自撮りを載せた女の子に対して「フランスはもう王政じゃないのよ」ってガチレズからのガチレスがつく国、フランスで、「いちおう日本には1945年夏以降軍隊も皇帝もないことになっていますが……」と、おずおず訂正する。追撃を喰らう。「姪の結婚について"多くの方に心配をお掛けすることになったことを心苦しく思っております"って叔父さんに言わせているんだよ、その、"心配"という口出しをする"多くの方"が。亡命してしまえばいいのさ、プリンセス。人の人生はその人のものだ」——ああ、「人の人生はその人のものだ」。働くことを夫に許してもらえないまま歳をとってしまってお金を理由に離婚できないからって一生懸命勉強していた日本人女性が勉強していたのは、異国の言葉だった。

米兵相手の飲み屋街と、自衛隊相手の飲み屋街が明らかに分けられている。そういう街が日本にはある。複数ある。それを知らないで生きている日本人も日本にはいる。多数いる。

「同性同士でも結婚して家族になれるんですね、私たちも大人になったら海外で結婚したいです!」……そう言ってくれた女の子たちはどうもわたしの書いた本を読んでくれてはいない。ただ、「海外で同性婚した人」をテレビで見たのだ。「LGBTの有名人まとめ」をスマホで見たのだ。こんなことを続けていて何になる。こんなことを続けていて何になる。「同性同士でも結婚して家族になれるんですね、私たちも大人になったら海外で結婚したいです!」って次世代の女の子たちに言わせている自分はその子たちを解放してなんかいない。閉じ込めているんだ。美しい国の外に。それでいて、自民党史観でいう伝統的家族観の中に。

「メディアに出てる同性婚カップルすぐ別れるw」「同性愛しか売りがないのかw」インターネットで牧村朝子を匿名で笑っていた人たちのうち一人が顔も名前も明かさないままインターネット上の名前で原稿料をもらって書くようになり、そして、亡くなった。インターネットじゃないところでのその人は、いわゆるカミングアウトをしないまま、自分が同性が好きだってことを世の中に隠したまま、お堅い仕事をしていた人だったのだと、飲み屋の噂で聞いた。そうだったのかなあ、そうだったとしたら、「写真を無断使用しないでください」と「少なくともまだ刊行されてすらいない著書について"どうせ自分語り"とか言って内容を決めつけるのはやめてもらえませんか、あなたも著者なら」以外にも話したいことがたくさんあったよなあと悲しくなった。そうだったらいいとすら思った。そんな悲しみをその人が抱えていたという物語をわたしは欲した。許し、終わらせることで処理してしまうために。そいつに"どうせ自分語り"と言われたことにキレて、エッセイなのに参考文献リストとブックガイド付きの本を作り上げて刊行した後、そいつの墓前に手え合わせに行きてえなと思って検索した。

でもそんなのさ、出てくるわけないじゃん。インターネットで調べたくらいで。

夜に出歩くときは男装している。町田の裏道でホストやりませんかってスカウトされた18歳の時のことが嬉しくていまだに忘れられない、だって、横浜西口で女子高生に個人売春を持ちかけてくるおじさんと違って敬語だったし断ってもブスって言ってこなかったし。靴も鞄も男っぽいものにしている。そうすればヤバい目に遭いにくい。そんな防衛策が必要なほどヤバい場所に行くなとも言われにくい。自分だけの一人暮らしの家を持つことができているけれども家出をしたくなることがあるので、THE NORTH FACEのリュックにColumbiaのメンズシューズで21時の漫画喫茶に入店した。

リクライニング、フラットシート、ペアシート。レディース席はない。壁には
日本語で「自衛隊割引」と書かれたポスターが貼られ、いらすとやの絵柄で自衛隊員のイメージがニカっと笑っている。

英語だけで「米兵さんには割引しますよ」と書かれたキャッシュトレイを使っているハンバーグ屋のことを思い出しながらわたしは棚を物色する。『クローズ』と『東京卍リベンジャーズ』を、それぞれ頭から4巻ずつ引っこ抜いてきてフラットシートに戻る。女性専用のBL漫画喫茶が「お客様の安全のため」閉店せざるを得なくなったというニュースがキニ速で【悲報】つきでまとめられ「うちは一物さんお断りだよ」「草」というやりとりが赤字強調されている、キニ速のロゴが相変わらずオナホで構成されている、もう十分だ、絶対にこの件についてはTwitterを辿らないぞ、っつーかインターネットを見ないぞと決心する。

ぼくは今夜はここで寝るんだ。少女漫画の棚がひとつしかない自衛隊割引の漫画喫茶で。ひとつしかない少女漫画の棚に『王家の紋章』が並んでいる、この漫画喫茶で。純粋に漫画目的で来店する人は少ないのであろう、この漫画喫茶で。

フラットシートに鍵をかけて『都立水商!』とか『監獄学園』とか読んでいる、少年工科学校育ちの男の子たち、S62世代。そういうのが好きなんでしょ。口説くためにGacktのVanillaを練習してたんだよね。わたしたちはね、いっぱいいるんだよね、愛を教えられて、童貞を笑われて、殖やされて、殖やされて、殖やされて、殖やされて、殖やされたね、上に立つ人が搾り取って使い捨てることが可能になるくらいに。

『クローズ』は1990年、『東京卍リベンジャーズ』は2017年から連載開始された作品。約三十年離れた二作品で家庭内暴力が派閥間暴力へ発展していくのを眺めながらわたしはメロンソーダを飲む。ドリンクバーのマシーンのメロンソーダ原液が補充されていなくてほぼ炭酸水である。それでもそれはメロンソーダだ。薄まったってメロンソーダだ。これからどれだけの若い読者が、『特攻の拓』や『湘南純愛組!』までたどって読むんだろう。

海外のレズビアンバーで女の子とキスをしなかった話を、アメリカの銃規制肯定派の論理と絡めて書くことができる文筆家にわたしはなってやった。ひげを生やす塗り薬について、えっちなお姉さんが主人公の女の子にロマネコンティを飲ませてくれて「あなたがえっちなのではなくてわたしがえっちなのだし何もかもお酒のせいよね」ということにしてくれてえっちなことをしてくれる同人小説について、テレホーダイの時間を狙ってインターネットで調べ続けた、わたしはセーフサーチにもコンプラにも引っかかる中学生だったのに。履歴は削除、思い出保管。

薄まったメロンソーダを入れた体でわたしはトイレに立つ。男子トイレと女子トイレが並んでいる。女子トイレには鍵がかかって使用中である。自分が男装をしていることを思って男子側に入っちゃうことが一瞬頭をよぎった。壁には漫画喫茶長期滞在割引のポスターが貼ってあった。

「30日のご滞在でなんと○万円もお得 DREAM COMES TRUE」

漫画喫茶に長期滞在する人たちのそれぞれの夢とはなんだろうか、漫画喫茶でヤろうとしてきたのでマジで無理だよっていってちゃんとホテルに行ってからヤった相手がその後の人生もやっぱりいろいろ大変で住所不定になって漫画喫茶で寝泊まりしていたことを最近知った。もうヤりたくはないけど部屋借りれてよかったねって遠くから思う。会えなくても会わなくてもぜんぜん友達。アイシテルのサイン。それはDREAMS COME TRUEである。Sの位置が違う。

女子トイレから先客が出てきた。

その人は、まるでわたしみたいに、髪の短い人だった。

それ以外何もわからないほど短い時間のすれ違いを経て、その人とわたしは、女のマークのドアで隔てられた。

ちゃんとひとりきりで、溜めちゃったものを捨てる時間を持って、体に流れを流していきたいと思った。

ガールズバーのバイトだった。教育係についてくれた女の子が膀胱炎になって苦しんでいた、あの店にトイレはひとつしかなかった。リーマンショックで世界が貧乏になった頃、経営が大変だったのかもしれないマスターが、「トイレに女の子のプロフィール張り出すから書いてくれる?」って渡してきたシートに性感帯の項目があったことにブチギレてそして飛んだ。そういうことをするから就職ができなかったのかもしれない。店長にバイトの立場でブチギレてバイト飛ぶ特性の人間に出るお薬を飲みながら社会生活をやる。あの子は元気かなあと思いながら、非正規で働き続け、飲んで吐く代わりに書いて吐くようになった日々を、ここに残しておく。インターネットに。

わたしはげんき。

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