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学生たちに関わることで、私の方が生かされている

(一橋大学空手道部・90周年記念誌より編集して再録)


 私は2006年・18歳の時に一橋大学で空手を始めました。空手を始めたきっかけは2つあります。1つは、高校時代に路上で痴漢に遭った経験があるのですが、叫んだだけで何も対処ができず悔しい思いをしたからです。その時、自分自身を自分で守れる力や気概を身に付けたいと思ったんですね。

 そして2つ目の理由は、こんな所で書くのも恥ずかしいのですが、アニメの影響です。名探偵コナンのヒロイン・毛利蘭が空手をやっていて、ピンチの時に空手技を極めていくのが、とってもかっこよくて憧れました。蘭姉ちゃんのやっている空手は極真空手と推測されますが、私の入学した一橋大学の空手道部は伝統派空手の松濤館流。そんな違いもわからずに、半ば勢いで入部しました。武道の中でも空手は幼少期から始める人が多いですが、一橋大学は初心者でも入部を受け付けており、気軽に入部することができました。

 このように、自分軸で空手を始めた私ですが、卒業後後輩の指導を始めてからは、しだいに他人軸で空手に関わるようになりました。

 自分の空手技術が向上するにはどうしたらいいか、自分のチームが大会で勝つにはどんな稽古をすべきか、ひいてはどんな部にしていきたいかという「自分軸」から、学生がどうしたいのかという「他人軸」へ。「私は、学生は〇〇すべきだと思う」「自分だったらこうする」という自分の意見は心に置いて、まずは学生が何をしたいと思っているのかに向き合うようにしています。まだまだうまくできないと悩むことも多く、勉強中です。

 空手道部の指導に精を出していていた傍らで、暗中模索していたこともあります。大学を卒業して4年が経ったとき、難治性の不妊症である「早発閉経」と診断されたのです。自分の子供を産めないかもしれないという現実を受け入れるには時間がかかりましたが、次第にこの経験を誰かのために役立てたいという想いが強くなり、2022年10月、自身の経験を公表。そして現在は、婦人科受診の大切さを伝える「映画製作」に取り組んでいます。体の悩みは、個人差が大きいものです。自分自身の体の今を知ることで、当たり前だと思って我慢していたことを和らげる筋道が見つかるかもしれません。若い人が自分の身体に目を向けるきっかけになったら良いと思って映画を制作しています。

 自身の身体のことを公表した際、養子という選択肢は考えていないのか、と聞かれることもありました。検討したこともありましたが、現在は選択肢から外しています。
 一橋空手道一空会の目的は、空手道を通じて、心技体のバランスが取れた人材の育成の貢献することです。大学生を「子ども」と呼ぶのはおこがましいですが、後輩指導をすることも、広い意味では、社会全体で子どもを育てることの一部だと考えています。

 私は大学を卒業したあと「一橋卒なんだから、みんなが行くような、大企業に行かなきゃ」「女性なんだから、結婚したら子どもを産んで職場復帰しなきゃ」と、常に「一橋の平均像」「社会に期待される女性像」を抱え込んでいました。しかし、早発閉経によって自分の子どもを授かることが難しいとなってからは、こういった「社会が無意識のうちに想定する平均的な姿」とは異なる生き方を示す人間も、社会には必要であろうと考えるようになりました。

 先日36になり、コロナや右手の手術・リハビリによるブランクも4年近く空いているため、空手の技術自体で教えられることは少なくなりつつあります。しかし、特殊な生き方を見せることで、後輩に何かを教えたり、勇気を与えたりすることができたら、この上ない喜びです。
 実際に稽古に復帰し、OB・OGや学生たちに接するたびに、私に生きがいをくれるはここだとの思いを強くしています。学生たちに関わることで、私の方が生かされているのです。

千種ゆり子



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