珠玉の一杯 (フィレンツェ編)
一人旅をしていると、予期せぬ出会いというものが必ずある。
偶然の出会いこそ、旅のきらめき。友達になったり、長く続く関係にならなくても良い。世界中で出会った素敵な人たちの笑顔や、かけてもらった一つ一つの言葉が宝物になる。
いつからか、頭の中で世界地図を思い描いた時、それらが星のようにそれぞれの場所で輝くようになって、私は嬉しかった。
そんな星々の一つに、フィレンツェの小さな村で出会った日の話。
前回からの続きです。
2022年9月15日
ギリギリ、本当にギリっギリで乗り継ぎのバスに間に合った!
発車時刻の1分前にバス停に到着。危なかった〜〜〜!Googleマップで乗車中のバスの現在地を確認しながら、気が気でなかった。だってこれが、フィレンツェから今日の目的地であるビッラマーニャまでの最終バス!
バスの乗り継ぎに失敗したらタクシーを使うか…とサッと調べてみたら、なんとフィレンツェのタクシーには流しというものはないらしい。その上、Uberのようなアプリも普及しておらず、基本的には電話で来てもらうものらしい。それもイタリア語で!旅人にはハードルが高過ぎる。本当にドキドキした。
乗り継いだバスは、ミニバンを少し大きくしたような小型のバスだった。バスは街から郊外へ、オリーブの山を縫うように走っていく。曲がるとき、プププププっとクラクションを鳴らしながら進む。確かにものすごくクネクネとした道ばかり。カーブミラーが無いから、対向車にクラクションで知らせるしかない。
バスの中から外の風景をぼんやりと眺める。雲がモネの風景画みたいだと思った。なんでだろう、陽の光の当たり方かな。空はどこの国にいても同じだと思っていたけれど、実は結構違うということを、私はサマルカンドの夕焼けで知った。とてつもないピンク色のグラデーションは、恐ろしいほど美しかった。そんなことを思い出しながら、期待がどんどん膨らんでゆく。
私は絶対ここが好きになる、という素敵な予感。
ビッラマーニャというバス停で降りる。さて、ここからどうしようか、とGoogleマップで宿の場所を確認しようとすると、電波がない。おぉ、困った。
しばらくスマホと格闘していると「Can I help you?」と遠くから声がした。顔を上げると、ウエイターの格好をした男性がこちらを見てニコニコしている。お礼を言い、ここに行きたいんです、と画面を見せると「マーティンのとこ?」と。マーティン?確か宿のオーナーはそんな名前だった気がする!
booking.comの予約欄を見せると、「うん、マーティンのとこだ、今電話してあげるよ。それまで中に入ってたら?」と、彼が働いているらしきレストランへと手招きしてくれた。カウンターとテーブル席が少しの、小さなかわいいお店。恐縮しながらも中に入ると「とりあえず何か飲む?プロセッコとかどう?」とワイングラスを指差してくれた。う、嬉しい。なんだこの展開は!有難すぎる。昼間は暑かったし喉がカラカラだった。ぜひ!とお願いする。
「座ってなよ〜Wi-Fiが使いたかったら、そこにパスワード書いてあるよ」と。
ぬぁ〜〜〜なんなの。めっっっちゃ優しい。
なんて親切なんだ!感動。心細かった思いが、すっと溶けていく。
出てきたプロセッコは、本当に美味しかった。スッキリしていて、優しい味…。まったく雑味が無い。こういう時、ワイン通は上手くこの味を表現出来るんだろうけど、私に語彙力が無くて普通のことしか言えない!でもシチュエーションを抜きにしても、私が今まで飲んできたワインの中で、1番美味しかった。そうか、ここはトスカーナ地方だった!ワインの一大産地!現地で飲むと味が違うというのは、聞いたことがあったけれど。
なんて物語性のあるお店なんだろう。日本にもあるよね。小さな集落の中にポッと光が灯るような、輝くお店。町外れの山の上に、こんな場所があるなんて…。
しばらくすると噂のマーティンが来た。
「このあたり電波なくて困ったでしょ〜ごめんね。あ、飲んでるんだね、OK、OK!僕もコーヒーを一杯貰うからさ」と言いながら、さっきの人と話し始めた。さりげない気遣い。
そしてなんと、マーティンがこのワイン代を奢ってくれるという(涙)そんなことある??払います!と言っても、いいのいいの、と。お店のマダムらしき人も、いいのよ〜という顔で微笑んでいるではないか。登場人物みんな優しすぎて泣ける。
そこから宿まで車に乗せてもらったのだけど、なんと宿はレストランのすぐ隣の敷地だった。そこは大きな農園で、大きなオリーブの樹が等間隔に植えられている。中に入ってからが結構広い。車でしばらくオリーブ畑の山道を走る。これ、バックパックを背負って歩くのは結構きつかったかも、と思う。
オリーブ農家なのですか?と聞くと、「兄がオリーブ農家で宿もやってる。僕はそれを手伝っているだけ。養蜂とかジャムとか、なんでも作るよ。今日はこれから彼女の家に行くから夜はいないけど、明日は1日ここにいる予定だから、困ったことがあれば何でも聞いてね。」と。
着いたそこは、オリーブの丘の上に立つ、煉瓦造りのかわいい宿だった。丘の向こうに、微かにフィレンツェの街明かりが見える。夕陽がもう間も無く沈むところだった。
「ずっと昔からオリーブファーマーの家だったんだ。すごく古い家だよ。だから鍵とかも旧式で、何回も回さないといけないけど」と、やり方を見せてくれる。私はもう大興奮。扉から何から、私の好みのど真ん中すぎる。なんて、なんて素敵なの!!
外壁にバラが這わせてあってキュンとする。バラの咲く季節は、とても良い香りがするだろうな。明日の朝、ちゃんと見てみよう。
「敷地内は好きに散歩していいからね。じゃ、よろしくね〜俺、彼女のとこ行かなきゃ」とマーティンは去っていった。本当に本当にありがとうございます!!!
ここにして、本当に良かった。もう明日はフィレンツェの街まで行かなくても良いのでは?と思ってしまう(笑)そして既に行きつけにしたいお店が出来た。さっきのレストランの人が、朝は7時から夜は8時までやってるからね、と教えてくれた。これは滞在中、毎日通うしかないでしょう!
こういうことがあると、旅っていいなぁ、としみじみ思う。計画にない予期せぬ出会い。利便性だけを考えて宿を決めなくて、本当に良かった。やっぱり直感は大事にしないと。
booking.comで宿を探した時、どうしてもここが気になった。でもすごく迷った。写真を見る限り絶対好きな場所。だけど普通に考えたら、バスを乗り継いで1時間かかる山奥の宿を、この日程で選ばないよなぁ、と。
頭で考えたらそう思った。
でも、心が動くほうを選ぶことにした。そうだよ、何したっていいんだもの、この旅は。仕事じゃないんだし、やらなくちゃいけないことなんて何にもないんだから。失敗したっていい。そう思った。
あの時の私、大正解!
大きなソファの上で、私は満ち足りた気持ちでまた、寝落ちしてしまった。
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