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同じクラスのオナクラ嬢 第12話

 身体能力は昔から高い方だった。
 身体の成長も他の子たちに比べて早く、唐沢晶は中学一年の頃には身長は165㎝を超え、クラスの中でも男女合わせても一番背が高かった。背が高い、というのは特に中学校という狭い世界ではそれだけで一種のステータスであり、目につきやすく、加えて本人はさほど意識してはいなかったものの美形だったこともあって、多数の生徒からは好意的に見られていたと同時に、一部の生徒からは必要以上の反感を買った。
 僻みや妬み。そんなもの気にしなければ良かったのだが、当時の晶はいくら大人びていたとはいえ精神年齢は年相応でまだ幼く、ちょっとした言葉に傷ついていた。
 男みたい。可愛くない。怖い。調子に乗ってる。いけ好かない。来ないで欲しい。
 それでも、負けたくはなかった。そんな言葉に。そんな連中に。毎朝、家を出る前には気合を入れて、登校していた。大丈夫、私は強い。負けない。
 初めて好きになったのは、サッカー部の先輩の副キャプテンだった。女子チームの晶のことを男子なのに目にかけてくれ、一年であるにも関わらず女子チームのレギュラーに入ることを勧めてくれ、何かと面倒を見てくれていた。次第に目で追うようになり、彼が試合でシュートを決めた時には、観客席で誰よりも喜び、副キャプテンもこちらに気づき、手を振ってくれて、その仕草にときめきを覚えた。これが初恋なのか、と晶は思ったものだ。
 一学年上の女子の先輩たちに部室裏に呼び出されたのは、一年の冬の頃だ。その中のひとりに、髪を掴まれ、調子に乗るなと凄まれた。恐怖はあったが、負けてやるか、と睨みつける。それが余計に相手の気を悪くした。
「よくそんな目で見れるね。気持ち悪い。久世さんに色目つかって、レギュラーになれて、そんなに嬉しい?」
「レギュラーになれないのは、実力じゃないんですか? 私より、先輩方が下手だからですよ。色目なんてつかってないけど、そっちは使える顔もなくて残念ですね」
 相手の顔がかぁっと赤くなる。
 唾が顔にかかるくらい、罵られ、胸を突き飛ばされ、「もう部活に出るな!」と捨て台詞を吐いてから、立ち去った。別に、なんとも思わなかった。思わないようにした。彼女たちより私の方が優れている。だからやっかみを受ける。それだけだ。
 それから一か月後、バレンタインに、晶は人生で初めてクッキーを手作りをして、副キャプテンに手渡した。告白、というわけではない。恋人になれるなんて思ってはいなかった。ただ、日頃の感謝の気持ちとして、だ。副キャプテンは喜んでくれた。
 部活が終わり、一年の担当である部室の掃除を終わらせ、帰ろうとしたところで、部室の裏で何か声がすることに気づき、部室の窓からそっと覗いてみた。
 そこでは、先日晶を罵ってきた女先輩と副キャプテンが、抱き合い、キスをしていた。
(え……)
「久世くん、可哀想。あんな男女に好かれて」
 口が離れ、お互いに唾液の橋ができている。
「大変だよ、副キャプテンも。色々と部員全員に気を遣わないといけないから」
 ごそごそと、副キャプテンはポケットから晶があげたクッキーの袋を取り出した。
「見ろよ、これ。今日なんて、あいつからこんなの貰った」
「なにそれ。クッキー? 見せて」
 先輩が、袋を乱暴に開けて、吹き出す。
「はは、クマさんの形してる。きっつ。あんな顔して何可愛いの作ってんの、笑える」
 副キャプテンも「似合わなすぎだよな」と一緒になって笑う。
 昨日の料理で、少し火傷をした指先が、ずきっと痛む。
「それ、捨ててよ。あの女からのプレゼントなんて、気持ち悪くていらないでしょ」
「いや、それはでも、ちょっと可哀想じゃないか……?」
「捨てたら、またキスしてあげる」
「捨てるわ」
 ぼとっ、と袋が地面に落ちる。それが踏まれ、その上で、ふたりがキスをする。
 晶は部室に座り、膝を抱える。
 負けたくない。負けないつもりで頑張ってきた。だめだ。泣いたら、負けを認めるようなものじゃない。だめだよ。泣いたら。だめ。
 そう思っているのに、堪えられない。ぽろぽろと涙が零れてくる。なんで泣いているのか、よくわからない。わからないけど、止められない。声を押し殺すようにして、顔を膝に埋め、晶は泣いた。
 どれくらい泣いていただろう。気づけば、もう声はしなくなっていた。
 部室の裏に行くと、汚れたクッキーが地面に転がっていた。
 晶はそれを拾い、手のひらに載せて、じっと見る。
 悲しみ。怒り。悔しさ。色々な感情で、気持ち悪くなってくる。
「唐沢さん、何してるの」
 背後からの声に、はっとして振り向く。
 同級生の、沖内正が立っていた。まだ、サッカーのユニフォーム姿だ。
 今、顔を見られたくはない。泣いていたのがバレてしまうかもしれない。
「あ、何それ」
 沖内が、こちらの気も知らずに、ひょいっと近づき、ひょこっと覗いてきた。
「クッキー? くまの形してる。可愛いね。もしかして、唐沢さんの手作りとか?」
「……うん、似合わないだろ」
「なんで? 女の子らしくていいじゃん」
「え……」
「お腹空いたなぁ。それ、貰ってもいい?」
「あ、だめ。実はこれ、落としちゃってさ。汚れてるんだ。汚いよ」
「いいよ、それくらい」
 沖内は、晶の手のひらにあるクッキーを摘み、口にする。
「あ……」
 ぽりぽりと音がする。
「うん、うまい。唐沢さん天才。もう一個食べていい?」
 返事も聞かずに、もうひとつ摘まんで、躊躇いなく口にして、「うまーっ」と笑う。
 今思えば、きっと。
 晶にとって、それが、本当に初めての初恋だったのかもしれない。

「んっ……んんっ……!」
 唐沢のぷっくりとした唇に自分の唇を重ね、下唇を舐める。名越鏡花さんから漂う香水の香りとは違う、唐沢の汗の匂いに、僕は興奮を覚えていた。
「沖内っ……やめっ……」
 唐沢の少し開いた口に、僕は舌を強引に入れた。じゅぬる、といやらしい音が頭の中に直接響く。
「んんんっ!?」
 唐沢の身体がびくっと跳ねた。
 キス。キスをしている。唐沢と、いやらしい、舌を絡めたキスをしている。
 名越さんとはまた感触が全然違った。名越さんと比べて短めの唐沢の舌は、こっちの舌が絡めやすいし、唾液を吸いやすい。整った歯列を舌先でゆっくりとなぞり、上顎の裏を舐め上げると、唐沢がびくびくと反応した。
「やっ……だ…………っ」
 初めて見る唐沢の表情に、欲情が止まらない。
 名越さんにされたように、僕は自分の唾液を唐沢の口内に流し込む。
「ひぅっ……!?」
 ごく、ごくと喉が鳴る。
 唐沢が、僕の唾液を飲んでいる。
 中学の頃から一緒で、今までこういうことをしたことがなかった、意識したこともなかった唐沢が……。
「なん……で……いや……っ」
 戸惑いも感じられるけれど、唐沢の目はとろんとしている。
 本当に嫌だったら、押しのけるはずだ。それをしないということは、受け入れてくれているということだろう。何より――何より、自分が抑えられない。
 僕は晶の両頬を手で包み、強く舌を吸い、じゅるじゅると彼女の唾液を吸った。
「んんっ……!」
 顔を上気させた唐沢が身を捩らせた。その動きに合わせてむせかえるような匂いが漂い、頭がくらくらとしてくる。もっとしたい。もっと違う反応が見たい。
「まって……沖内……ほん……とに……んっ」
 言葉を遮るように、また、舌を絡ませる。アソコがズキズキと痛いくらいに元気になっている。たまらなくなり、僕は唐沢とキスをしながら、自分のモノを取り出そうとした。
「――っ!?」
 視界が、一瞬、点滅した。
 左頬が痛む。
 唐沢に、ビンタをされたのだとすぐには気がつかなかった。
「あ……」
 首を戻す。視線を唐沢の方へ向ける。
 また、初めて見る表情だった。
 長い付き合いで、初めてだ。
 唐沢の泣き顔を見るのは。
「やだって、言ったのにっ……何回もっ……いやだって……」
 身を起こした唐沢の目の端から、涙がぽろぽろと零れている。
「なんだよっ、意味わかんないっ……」
 涙よりも先に、唇を、ごしごしと手で拭っている。
「初めてだったのに、もっと、ちゃんとしたかったのにっ……」
 鼻を啜りながら、ぽつぽつと、苦しそうに、絞り出すようにして声を出している。
「あ、ごめ……」
 もう一度、頬を叩かれた。
 痛くはない。力がこもっていないからだ。痛くはないけれど――とても、重く感じられた。
 僕は、とんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか。
「最低っ!! 二度と話しかけるなっ!!!」
 唐沢が、医務室から駆けるように出て行ってしまった。
 冷や汗が噴き出る。
 とても大切なものを失ってしまったような、壊してしまったような、深い後悔が一気に襲ってくる。
 追いかけないといけないんじゃないか?
 でも、身体が動いてくれない。吐き気がして、気持ち悪い。
 馬鹿だ。唐沢の言う通り最低だ。なんてことをしてしまったんだ。冷静になるにつれ、自分のしたことの醜悪さを自覚させられる。
 ――沖内くん。同級生なんだし、呼び捨てでもいい?
 ――沖内、レギュラーに選ばれたんだってな! やったな!
 ――なんで高校も一緒なんだよ。さては私のストーカーだろ。
 ――ごめん、沖内。教科書忘れちゃって。机くっつけてもいい?
 ――ほら。義理クッキー。お前、私のクッキー大好きだもんな。
 ――え、沖内もそこ受けるんだ? 一緒じゃん。やだなあ。
 ――あった! あったよ沖内! 番号! どっちも! やった!!
 なんで、今までの唐沢との思い出が、光景が、蘇っているんだろう。
 やだな。
 まるで、本当に、お別れみたいじゃないか。
 どのくらい、医務室でそうしていたのだろう。
 いやだ。これで終わりなんて。
 今までの人生に、唐沢はずっと傍にいてくれた。
 これからも、この先も、ずっと傍にいてほしい。
 これで終わらせちゃいけない。いけないんだ。
 僕は携帯電話を取り出す。今すぐにでも、唐沢に連絡をしないと。話しかけるなと言われたけれど、それを黙って受け入れるわけにはいかない。
 と、そこで、九条友里さんから連絡が来ていることに気が付いた。
 ――D棟の3階の303で待ってるね!
 ああ、そうだ。九条さんと約束していたんだ。その時間が迫っている。
 まずはそっちを優先しないと。ここで断るのは、失礼だ。
 僕は一度頭を切り替えて、九条さんに指定された教室に向かった。
 中に入ると、九条さんがひとり、机の上に座って携帯電話を弄っていた。ただ、それだけの何気ないポーズなのに、モデルのように様になっていて、どきっとしてしまう。
「あ、沖内くん。ごめんね、呼び出しちゃって」
 僕に気づいた九条さんが、机から降りて、笑顔を見せてくれる。
「いや、九条さんこそ、わざわざお礼なんて」
「まあまあ、とりあえず横になってよ」
 長椅子に寝そべるように促してくる。なんだろう。まさかマッサージでもしてくれるんだろうか。あの学年一、いや大学一の美女の九条さんにそんなことをしてもらえるなんて、身に余る光栄だ。
 素直に従って横になると、九条さんがパンプスを脱いでいるのが見える。何をしているのか、と尋ねる前に、九条さんは僕に言った。
「えっと、じゃあ、お顔、踏んであげるね」
 ん????????????????




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