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同じクラスのオナクラ嬢 第5話

「明日から熱海だね! 熱海なんて久しぶり。みんなと行くのも楽しみだなぁ」
 私の対面で、名越鏡花がにこにことしながら言う。アールグレイのアイスティーが入ったグラスを両手で持ち、ストローでちょっとずつ飲んでいる姿が可愛らしい。
 さっきの講義で出された課題レポートについて、大学構内にある喫茶店で話していたはずだったのに、いつのまにか話が明日からのゼミの熱海合宿に移ってしまっていた。
「友里ちゃんの方は、もう準備は終わってる?」
「もちろん。水着だって新調した」
「泳ぐイベントはないよ、多分」
 そうなのか。せっかく海があるのだし、泳がないのも勿体ないような気もするけど。
「ちゃんとみんなと仲良くしてね。特に沖内くんと。一泊2日もみんなと一緒なんだから、ゼミ内の空気悪くしないでね」
「それ、私じゃなくて沖内くんに言ってくれる? 私は良好な関係を築こうとしてるから。それなのに彼がいつも暴言吐いてくるんじゃない。鏡花だって聞いてたでしょ? 先週、私がゼミ教室で、なんだか暑くなってきたね、なんて話のきっかけづくりにとりとめのない話題を出したら、万年発情してるからだろ、なんて言われたんだよ。信じられる? 意味わかんない。なにあれ! なにあれ! 思い出して腹立ってきた!! なにあいつ!! 私なにもしてないのに!! 酷いよ!!」
「んー。でもなんで沖内くん、友里ちゃんにだけあんな態度なんだろうね。私には普通に優しいけど」
 そこで、あ、と口を開き、にまーっと先程とは違う種類の笑みを浮かべた。
「もしかして、沖内くん、友里ちゃんのことが好きなんじゃない?」
「は? なんでそうなるの?」
「ほら、好きな人には冷たくあたっちゃう、みたいなの、よくあるじゃない。それだよきっと、うんうん」
「小学生じゃないんだから。それにしたって冷た過ぎでしょ」
 私のことが好きだから?
 ないない。ありえない。その理由を私はよく知っている。あいつは男が好きなのだ。だからこそ、女の私を好きになる理由がない。
 とはいえ、そうなると確かに、私以外の女性には普通に接しているらしい点は気にかかる。ゲイなのだから私のことを好きではない。それはいい。しかし他の女性よりも私に強くあたってくるとなれば、そこには私個人に対して、何か別の思いがあるはずだ。
「……嫌われてる?」
 だとしたら、どうして?
 金融学のノートの件ではじめて話したけど、あの時からすでにゲイの沖内は私に対して冷たかった。
それ以前に何か嫌われるようなことをしたのか?
私が覚えていないだけで、もっと以前に何か彼の気に障る言動があったのか?
 いくら考えても答えは出ないし、記憶も呼び起こされない。
 そもそもとして、ゲイの沖内なんかを思考する時間こそ不毛だ。
「好きな人と言えば」
 私は、強制的に思考を他に移す。
「鏡花だって、最近よく唐沢くんのこと目で追ってるよね」
 そう言われた鏡花は、きょとんとした表情をしてから、俯き気味になる。
「え、あ、バレてたの?」
「わかるよ。ゼミの時とか、よく唐沢くんのことじーっと見てるし。気になってるんでしょ。確かにかっこいいもんね。話口調も穏やかだし、みんなのこと気にかけてくれてるし。あれは好きになるのも無理ないね」
 うんうん、とアイスコーヒーを手にして頷く私に、鏡花は両手で顔を覆いながら、指の隙間から視線だけをこちらに向けてきた。
「……友里ちゃんは?」
「え」
「友里ちゃんは、唐沢くんのこと、どう思ってるの?」
「良い人だな、とは思うけど」ちゅーとアイスコーヒーをストローで啜る。「恋愛対象としては見てないよ」
 それは本当だ。
 いや、というよりも。
 恋愛対象、という感情が、きっと、私には欠けている。
 今までだって、そうだ。
 人として好き、と感じることはある。
 けれど、異性として好き、と感じたことはない。付き合いたいと思ったことはない。この人と恋愛したい、と思ったことはない。
 普通に恋愛をして、普通に結婚をする。
 そのイメージが、自分自身に対してまったくできない。
 何故だろう、と考えるも、結論はすぐに出る。
 男の人の嫌な部分を、これまで散々見てきたからだ。
 幼いころから、現在に至るまで、ずっと。
 だからきっと、私は恋愛感情を持つことはこれからもないのだと思う。
 それを悲しいことだとは思わない。孤立と孤独は違う。孤独と孤高は違う。私がいるのは、立たなくてはならないのは、きっと、孤高だ。
 私の真意を観察するように、じっと顔を見つめていた鏡花が、ふうと息を吐いて、両手を机の上に置いてから、改めて私を見据える。
「じゃあ、協力してくれないかな」
「協力?」
「今度の熱海合宿で、私と唐沢くんの距離が近くなるように」
 言ってから、鏡花は恥ずかしそうに目を逸らす。
 鏡花が自分の恋愛に対して協力を仰ぐなんて珍しい。
 過去、私が知っているだけでも鏡花は何人もの男性と交際をしているが、そのどれも短命で終わっている。一番長くても1ヶ月程度ではないだろうか。いつの間にか男性とつきあっていて、いつのまにか別れている、というのがいつものパターンだが、これまで、鏡花が恋愛面に対して私に協力や助言を求めてきたことはない。それもそのはずで、鏡花の見た目であれば、この美貌であれば、鏡花に交際を迫られて断ることができる男なんてまずいないからだ。
 その恋愛百戦錬磨の鏡花が、私に協力を求めている。
 唐沢くんに対してそれだけ本気、ということなのだろうか。
 私は嬉しくなった。友達に頼られたことが。鏡花が私を頼ってくれたことが。
 だから、返事なんて決まっている。
「もちろん! 私にできることならなんでもする!」
 私の答えに、鏡花は丸くした目を細めて、「ありがとう」と小さく呟くように言った。
 任せて鏡花。唐沢くんとうまくいくように、私、頑張るから!!

 これから家庭教師のバイトがあるという鏡花と別れ、結局3時限目の講義で出された課題をまったく進めていなかったことに気づいた私は、資料を見ようと大学の図書館のレファレンス室に向かっていた。5限目はあるが4限目はとっていないので、この空き時間を有効的に使おう、と考えてだ。
 しかし、図書館に向かっている間考えていることといえば、課題についてではなく、さっきの鏡花との会話についてになってしまう。
 協力するとは言ったものの、私にはひとつ懸念があった。
 ゲイの沖内がゲイというのは確定しているが、では、唐沢くんは?
 ゲイの沖内といつも一緒にいるということは、彼にもその資質があったりするのでは?
 というよりも、むしろ、あのふたり、付き合っていたりするのでは?
 ふたりが一緒にいる光景を思い返してみるが、単なる友人にしては距離が近すぎるような気がする。ありえない可能性ではない。
 となれば厄介だ。鏡花の恋がいきなり座礁してしまう。
 鏡花の恋に協力するためにも、まずはそれを確認しなければ。
 でもどうやって? 合宿はもう明日なのに?
 そんなことを考えていたら、すぐに図書館に着いてしまった。
 階段を降り、レファレンス室のドアを開ける。
 すると、間が良いのか悪いのか、ゲイの沖内がいるではないか。頬杖をつき、どこか疲れた様子で、端の席に座っている。机の上には資料も筆記用具もなく、ただ座っているだけのように見えた。ここは人の出入りが少ないし、暗くて静かだから休憩でもしているのかな。
 話しかけるべきかどうか迷ったが、鏡花からは仲良くするよう言われているし、唐沢くんのことも聞けるかもしれない。私は思い切って話しかけることにした。
「げ……沖内くん、奇遇だね。沖内くんも調べもの?」
 どうせ、「ああ、九条さん。奇遇だね。空気が汚れたから出てくわ」みたいなこと言われるんだろうな、と私は身構える。
「ああ、九条さん。奇遇だね」
ほうら来た。
「いつも酷いこと言ってごめん。謝って許してもらえるかわからないけど、反省してる。もうあんなことは言わないから」
「酷い! どうしてそういうこと言うの!? 沖内くん嫌い!!」
「……ん?」
「ん……?」
 準備していた答えをそのまま言ったけど、なんか今変な感じになった気がする。
「あ、あれを求めてたの……?」
「ち、違う! 求めてない! ごめん、私のミス!!」
 私たちはお互いにあわあわしながらも、落ち着いて話し合った。
 聞けば、沖内くんは過去に女性関係で痛い仕打ちを受けたことがあり、それ以来、自分に好意を寄せる女性には冷たくあたるようになってしまっていたということ(なぜか私が沖内くん如きに好意があると勘違いしていたらしい。自惚れが過ぎる)。唐沢くんから忠告をされて、私が特別な好意を抱いていないことに気づきこれまでのことを謝りたかったのだという。
「じゃあ、これまでの私に対する発言は、本心じゃなかったってことだよね?」
「もちろんだよ」
「ブスとか言われたことあるけど」
「本当にごめん。そんなこと思ってるわけない。九条さんはとても美人で、凄く魅力的な女性だと思う」
「えー? そんなことはないけどー」
 わかればいいのよ。ふふん。
「傷つけてしまってごめん」
 沖内くんが、座りながらも深々と頭を下げる。
「いいよいいよ。沖内くんも、そうせざるを得ないくらい、きっと色々あったんでしょ? これまでのことは全部水に流そうよ。これから同じゼミ仲間として仲良くできれば、それだけで私は嬉しいから」
「あ、ありがとう……。唐沢の言う通りだな。九条さんは女神のように優しい」
「美人のうえに?」
「美人のうえに、女神のように優しい」
「えー? やだもー! そんなことないけどー!」
 私は仰け反っていた姿勢を正して「あ、そうだ」と沖内くんに問いかける。
 今なら、訊けるような気がしたし、今しかないと思った。

「沖内くんと唐沢くんって、付き合ってるの?」





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