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同じクラスのオナクラ嬢 第4話

 
 堀田ゼミに入った3年生がまず最初に迎える一番大きなイベントは、熱海合宿だ。
 夏休みの前にゼミのメンバーの親睦を深めるのが目的で、一泊2日の日程で熱海に行き、堀田教授から出された課題をメンバーで解決する、というイベントである。
「前から言おうとは思っていたんだが」
 その熱海合宿が週末――明後日に差し迫っている木曜日のことだ。
 大学近くの駅前のラーメン屋で、レンゲで濃厚味噌ラーメンのスープを啜りながら、対面に座る唐沢晶は言った。
「沖内。お前は、強気に出るという意味を履き違えている」
「なんの話だよ」
 僕は麺を勢いよく啜った。鶏白湯のうまみが麺によく絡み、とても美味しい。
「いや確かに言ったよ。近寄ってくる女には、怒らせるくらいに強気に言った方がいいって。でもな、沖内。お前のそれは、もはや暴言だ。強気とか言うレベルじゃないんだよ」
「そうかな」
「今日のゼミで、お前が九条さんに吐いた台詞覚えてるか。課題になった本の要約をした九条さんに対して、お前が言った言葉だよ」
「なんだったっけ」
「へえ、おっぱいでかくても文字は読めるんだな、だ。ひどすぎるだろ。おっぱいと識字率に何の因果関係があるんだよ。九条さん、また固まってたぞ」
「いや、つい……。好意を寄せられているかと思うと、ああなっちゃうんだよ」
「さほど好意を寄せてるようにも見せないんだよ」
「そんなわけないだろ。今日だって、ゼミ始まる前に、“おはよう沖内くん。蛍光灯変わったのかな。教室が明るいね”なんて声をかけられたぞ」
「単なる挨拶だ。誰にだってするよ。そうだ、それもだったな。それに対してお前はなんて返した」
「お前の未来は真っ暗なのにな」
「なんでだよ! なんで挨拶しただけでそんなこと言われなくちゃならないんだよ! 九条さんもよく泣かないよ! よくお前に話しかけてくれるよ! 噂にたがわぬ女神だよ!」
 鶏叉焼を箸で摘まみながら、僕は思案する。
「……ちょっと待ってくれ。少し整理したいんだけど」
「ああ」
「もしかして、九条さんって、僕のことを特別好いてくれてるわけじゃないってことか?」
「だから、そう言ってるだろ」
「それじゃあ僕が単なる失礼な男じゃないか?」
「だから、そう言ってるだろ」
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだ、唐沢!」
「言ってたよ! それとなく! 全然気づいてくれないから!」
 なんということだ。九条さんが僕に恋愛感情があるわけではない?
 もし唐沢の言うそれが事実だとしたら、今まで僕は九条友里さんにどれだけ酷い言葉を無駄に浴びせてしまったのか。
「どどど、どうしよう唐沢! このままじゃ九条さんに嫌われちゃう!」
「とっくに嫌われてると思うけど」
「そんなこと言わないでくれ! 同じゼミ生同士、仲良くしたいんだ!」
「なら、素直に謝るのが一番じゃないか。過去にちょっと女性関係で酷い目にあっていて、冷たくあたってしまっていました、ごめんなさいって」
「そ、そうか……。何もしないよりはマシだよな」
「ああ。ゼミ内の雰囲気は良い方がありがたいからな。頼むから仲直りしといてくれ。明後日から合宿だってあるんだし。準備、ちゃんと終わってるか?」
「もちろん。水着だって新調した」
「泳ぐイベントはないぞ、多分」
 そこで唐沢が箸を器に置いた。ラーメンはまだ少し残っている。
「それ、残すのか?」
「え、ああ。もうお腹いっぱいだし」
「じゃあ、もったいないし、もらう」
「えっ」
 僕は唐沢の方から器を引き寄せ、乗っていた箸を使い、残っていた麺を啜る。
「おお、味噌ラーメンも美味しいんだな」
「……ああ、うん。そうだろ」
 唐沢はなぜか視線を逸らし、水を飲み始めた。早く帰りたいのかな。
 それにしても、だ。

 ――ゼミ内の雰囲気は良い方がありがたい

 そうは言っても、彼女が――神永梨奈さんがいる限り、心中穏やかにはいられない自分がいる。ゼミでの顔合わせ以降、彼女は直接僕に話しかけてくることはないが、時折目が合うと、すぐに逸らされる。
 明後日の合宿は、神永さんももちろん来るのだろうし、どうしていればいいものか。
 考え事をする時の癖で、咥えていた箸をずっと口に含みながら思案していると、
「は、早く食べろよ」
 と唐沢が痺れを切らし立ち上がってしまった。きっと早く帰りたいのだ。急いで食べ終えなければ。
 結局明後日はどういう顔をして神永さんと会えばいいのだろう。
 そんな心配は、結果的には無用だった。
 明後日ではなく、次の日――金曜日に、神永さんの方から話しかけてきたからだ。

 正くん、と下の名前を呼ばれたのは、僕が食堂を出て、A棟の自習室に向かう途中のことだった。
 僕のことをそう呼んでくるのは、実家の母と兄を覗けばひとりしかいない。元彼女の、神永さんだ。振り返ると、やはりだ。神永さんが僕に微笑みを向けている。その神永さんも、ゼミの顔合わせ以降は僕のことを苗字で呼んでいたのだが。
「神永さん、珍しいね」
 直接、僕に話しかけてくるなんて。付き合っていた頃以来だ。
 相変わらずの小動物のような雰囲気で、のぞき込むように僕を見てくる。
「ごめんね、ゼミではなかなか話しかけれなくて。恥ずかしいから」
「恥ずかしい?」
「君と付き合っていた事を知られるのが。君にはあたしなんてつまらない女は釣り合わないし、あたし、あんな酷いことしちゃったから……」
 神永さんが、僕の手をぎゅっと握る。
「でもね、信じて。あの時のあたしは、君のためを思って身を引いたんだ。君には、あたしなんかよりもふさわしい素敵な女性がいる。君の約束された輝かしい未来を、あたしが邪魔するわけにはいかないと思って、だから、あたし、辛かったけど、わざと悪者になって……うっ……うぅううっ……」
「か、神永さん……」
 そうだったのか。
 僕は自分を恥じた。
 一時でも、「なんて酷い女だ」と彼女のことを思ってしまったことを。
 彼女は優しく、聡明で、それ故に身を切り裂くような思いで僕に別れを切り出した。
 それが、あの時の真相だったんだ。
「も、もう気にしてないよ! それに、こうやって正直に話してくれて、なんというか、嬉しかった!」
「ほんと……?」
 神永さんが、潤んだ瞳で僕を見上げる。
 ああ、なんて可愛らしい存在なんだろう。
「やっぱり優しいね、正くんは」
 絹のように白くて細い指で目元を拭い、神永さんが微笑む。
 良かった。
 これで、ゼミの中でのわだかまりは、きっと消える。
「そうだ、正くん。学生証持ってる?」
「学生証? そりゃ持ってるよ」
「ごめん、良かったら少し貸してくれないかな。図書館に行きたいんだけど、今日、忘れてきちゃって」
 神永さんは両手を合わせて、拝むような仕草を見せる。
 この大学の図書館は、セキリティの関係上、入り口のセンサーに学生証をかざさなければ入れないようになっている。学生証の中に入っているチップが反応する仕組みだ。
「もちろん、そんなことで良ければ力になるよ。一緒に行こう」
「あ、ありがとう、正くん!」
 そう言ったかと思えば、神永さんは僕の腕を取った。
「じゃあ、行こ! えへ、なんだかこうしていると、昔を思い出すね」
 可愛い……。
 もしかしたら、また付き合うことも可能なんじゃないだろうか。
 彼女の本心が分かった今なら、前よりももっとうまく交際ができるような気がする。
 そんなことを考えていたら、図書館に着いていた。
 一緒に図書館に入り、「調べ物がしたいから」とレファレンス室にふたりで入り、気が付けばズボンを脱がされ、パンツを下ろされていた。
 なぜだ。
「相変わらずちっさ……。まあ、そりゃそうだよね。その歳で大きくなるわけないか」
「え、あれ、神永さん?」
 これはいったい?
 うちの大学だと平日の昼下がりのレファレンス室に人が来ることはほとんどない。現に今も、薄暗い部屋の中に、僕と神永さんにふたりしかいない。
「ごめんね、ゼミではなかなか話しかけられなくて。恥ずかしいから」
「え?」
 さっき会ったときにも言われた台詞だ。つきあっていたことがみんなに知られると、僕に悪いから、という理由だったはずだ。
「お前みたいな租チン野郎とつきあってたなんて、あたしの一生の恥だもんな」
 なんだ、これは。
 何が起きている?
 僕は、何を見ている?
「でも、あたしは優しいからさ。ただ黙ってろって言うのも酷いだろ。信用もできないし。だから、一発だけヌイてやるから。感謝しろよ。その代わり、あたしとつきあっていた過去があることは、絶対に誰にも言うなよ」
 神永さんの手が、僕の股間を握る。
「えっ、あっ」
 僕は何かしらのアクションを取ろうとした。
 やめてくれ、と言おうとしたのかもしれないし、説明してくれ、と言おうとしたのかもしれない。
 けれど、その言葉は出てこなかった。
 代わりに出てきた言葉は、
「あああぁあん……っ♥」
 快楽に負けた言葉。
 いや、もはや言葉ですらない。
 僕の口から出てきたのは、敗北を認めるかのような、吐息だけだった。



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