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ロシアがウクライナ人を「ナチス」と呼ぶ理由プーチン大統領の歪んだ歴史観

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筆者のオメル・バルトフは米ブラウン大学の欧州史の教授で、第2次世界大戦中の東欧情勢に関する著書がある

以下翻訳:
 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は5月1日、イタリアのテレビ局とのインタビューで、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がユダヤ系だからといって、ウクライナでの「特別軍事作戦」は同国の「非ナチ化」を狙ったものだとするロシア政府の主張が損なわれるべきではないと主張した。同外相は、ゼレンスキー大統領が「自分がユダヤ人なら、どのようなナチ化が可能なのかという主張を展開している。間違っているかもしれないが、記憶が正しければ、ヒトラーにもユダヤの血が流れている。だからそれは全く意味がない。われわれはしばらくの間、賢明なユダヤ人から、最大の反ユダヤ主義者はユダヤ人だと聞いてきた」と述べた。
 この発言は激しい怒りを買ったが、同時に、ロシア政府が国民向けにウクライナ侵攻をどのように説明しているかを示す重要なしるしでもあった。ロシアの行動を理解するためには、過去のロシアの主張を真剣に受け止める必要がある。主張が正しいからではなく、多くのロシア人がそれを信じているように思えるためだ。
 その中には、ウラジーミル・プーチン大統領自身の主張も含まれる。プーチン氏は2021年7月、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する長い論文を発表し、「現在をよりよく理解し、未来を展望するには、歴史に目を向ける必要がある」と述べた。その上で、旧ソ連指導者ウラジーミル・レーニンが1922年にロシアとは切り離してウクライナ・ソビエト社会主義共和国を創設した際、ソビエト体制の中で「最も危険な時限爆弾」を仕掛け、その爆弾が1991年のソ連解体とともに「爆発した」と主張した。それ以来、ウクライナの「支配勢力は過去を否定することで自国の独立を正当化することを決め」、ロシアとソ連の過去の統治を「占領」と呼んだのだという。そうすることで彼らは「急進派とネオナチ」の台頭を許したとし、「ウクライナ人から国を奪ってきた」急進派とネオナチは「自分たちの資本を守るために祖国を売る用意」がある、とプーチンは書いた。
プーチンは現在の侵攻の目的が、「近代ウクライナ」を元に戻すことだと述べている。近代ウクライナの誕生は「歴史的にロシアの土地だったものを分割し、分離する」結果につながったという。評論家のピョートル・アコポフは侵攻から4日後の2月28日、ロシア政府の代弁者である国営ノーボスチ通信でこう書いた。「ロシアは歴史的完全性を取り戻し、ロシア世界およびロシア人をまとめ上げつつある――大ロシア人とベラルーシ人と小ロシア人を全体としてだ」
 プーチンにとってソ連が歴史上で最も輝いていた瞬間は、第2次世界大戦、つまり大祖国戦争だった。当時ソ連は計り知れないほどの血の代償を払って、欧州をナチスの惨劇から救った。彼の戦争崇拝には、戦時のソ連指導者ヨシフ・スターリンへの賛美と、自身の犯罪の記憶の封じ込めが付随してきた。

 
ロシアのイデオロギー信奉者が常に「バンデラ主義者」といった言葉を使ってウクライナに言及するのはこのためだ。この言葉は、第2次大戦時代のウクライナ民族主義組織の指導者で、時にナチスと協力していたステパン・バンデラから生まれた。バンデラは1941年にナチスと仲たがいして、ドイツの強制収容所で時を過ごしたが、ウクライナにいた彼の支持者はユダヤ人の大量殺害やポーランド人の民族浄化に加担した。

ウクライナが1991年に独立を果たしたあと、それまで共産党当局に禁止されていた歴史上の人物――バンデラや他の民族派指導者、反ソ連派ら――を国民が称賛したのは事実である。そうした要素がプーチンのプロパガンダに材料を提供している。ただし、近代ウクライナにおいて民族国家主義が歴史的主張の主流になったことは一度もなかった。2019年の大統領選でのゼレンスキーの圧勝は、大半のウクライナ人がこの主張を拒否していることを物語るものだった。
 現在のロシアでは、ナチという用語は、ロシアの偉大さやプーチンの統治にとって邪魔な人物を意味するにすぎない。2月24日にウクライナへの侵攻を開始した際、プーチンは、ロシアの「特別軍事作戦」について、「キエフ政権が犯しているジェノサイド(大量虐殺)」から「人々を保護する」ため、「ウクライナを非軍事化、非ナチ化する」ことを目指すものであると表明した。しかし、ロシアが表明した「非ナチ化」にこそジェノサイド計画のあらゆる特徴が表れている。
 国営ノーボスチ通信が4月3日に伝えた、ティモフェイ・セルゲイチェフによる身の毛のよだつような内容の記事は、「人口のかなりの数(恐らく大半)がナチ政権に服従し、その計略に関与しているため、非ナチ化は必要だ」と説明。そのことを理由に、「武器を取るそうしたナチはすべて壊滅させなければならず」、ウクライナ軍とそれ以外の戦闘隊形との間で明確な区別をすべきではないと主張している。さらに、「一般人のかなりの数もまた有罪」であり、「正当な処罰」の対象となると指摘。「再教育」を受け、「政治面だけではなく文化・教育面でも厳しい監視」の下で生活しなければならないと述べている。

この記事は最後に、「非ナチ化されつつある国は主権を持てない」上に「ウクライナのナチズム」は「ヒトラー版のドイツのナチズムよりも、世界とロシアにとって大きな脅威」となるため、「ウクライナという国名」そのものの維持さえ容認されず、「非ウクライナ化」のプロセスを進める必要があるとしている。つまり、政治的存在、国名、国家としてのウクライナは破壊されなければならないということだ。こうした計画は、1948年に国連総会で採択されたジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)によるジェノサイドの定義に合致する。
 こうした文脈の中で、ユダヤ人はどこに出てくるのだろうか。ロシア、ウクライナ両国には、反ユダヤ主義とユダヤ人迫害の長い歴史がある。しかしウクライナでは、ユダヤ人は何世紀にもわたって他の多くの人種・宗教グループとともに暮らしてきた。プーチンが嘆くウクライナ共和国が生まれた1920年代、ユダヤ人とウクライナ人は、しばしば協力し、それぞれの伝統を祝福し、文化的復興を遂げた。それに終止符を打ったのが、スターリンによる作家・芸術家の大量粛清だった。ヒトラーとスターリンは、ウクライナの国家と文化の根絶を計画するプーチンのモデルとなるかもしれない。

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