百物語の後で伝えたかったかもしれない話

今回はにじさんじ所属のバーチャルライバー、月ノ美兎さん・本間ひまわりさんによる『帰れない百物語』のラストと、その後の動向について簡単に考察したものをまとめていこうと思う。

ちなみに、この配信をすごく丁寧かつ分かりやすくまとめてらっしゃる先駆者の方がいらっしゃるので、あんまり追えてない方やまだ解釈が出来ていない方は、こちらの記事を先に見ていただいた方がわかりやすいと思う。


・百物語ラストについて


百物語ラストでどうして委員長が魂の交換の影響を受けたのかというのは、以下のツイートが考えられる。
1.


2.

1のツイートでは大きな流れ、2のツイートは特に委員長が魂の交換の影響を受けた理由を考察している。
ここで空いた器が用意されていなかったというのは、配信中の伏線内で他の肉体の話などをしなかったからというものと、魂を剥がす最後の場面でも近くに移すための肉体が表現されていなかったことが理由である。
同様に器が儀式へs軟化したことになっていなかったというのも、その器の描写がない、つまり結び付けるための儀式の用意をしていなかったということから、用意していたとしても実際に移すことができなかったとも考えられる。

逆に月ノさんになってしまった理由としては、誘拐のために使用するロープなどの購入や実際の行動、それによって噛まれるという無名さんとの強い接触があるため、本間さんよりも恨みだけの感情的な接触だけでなく肉体的接触があることが大きな要因と思われる。また配信途中に席を立ち恐らく無名さんのところへ接触しに行った可能性の表現があるため、儀式途中での接触が肉体のリンク(移動先の肉体への登録)が出来てしまったのかもしれない。

最終的には視聴者の御存じの通り、無名さんの声で話す月ノさんが誕生し、うろ覚えの挨拶で締めるという展開になっている。

ここでの注意点としては、「記憶は魂に大きく依存はしていない可能性がある」ということである。
本間さんが、無名(月ノ)さんに締めの挨拶を言ってと言われて最初は戸惑うものの、最後に思い出したかのように言うという展開があった。ここから月ノさんの沁みついた言葉や習慣などは、魂だけでなく肉体にも宿っていると考えられる。
肉体にも記憶が宿るというのは、ある意味我々視聴者にも同様の事が言えると思う。月ノさんの立ち絵を見るだけで色んな名言が簡単に思い出せることだろう。あくまで動いている+声を聴くだけではなく、肉体を見るだけで思い出すことができるというのは、今までに刻まれている記憶だと考えてもいいと思われる。

またここで面白い表現だと考えられるのは、肉体には変化がないけど声が変わっただけで何もかもが変わったと感じさせることである。これはある意味Vだからこそできる表現であるということを伝えたい。Vtuberの昨今の魂の引退事件など、我々の魂の認識は「声」である。つまり「声=魂」であることが多い。しかし実際の私たちの肉体というのは、肉体のみならず声も魂の認識に多く寄与する。
声が変わるだけで、肉体と魂の入れ替わりが行われたというのは、Vtuberにしかできない独特の表現であると言える。魂の入れ替えは映画でもよくある表現じゃないかと思う方もいるかもしれないが、3次元の魂の入れ替えは性格や話し方などの第6感に依存するものが多い。事実映画などでは、入れ替わりがわからないようにして脅かすなどの表現が多い。
むしろすぐに入れ替わってしまったと、違和感なくかつわかりやすく表現することを思いついたのは天才だなとしかいいようがない。

・百物語終了後からの活動について


百物語が終了してからもこの魂の入れ替えは続いている。と思われている。
ツイートの内容が普段の月ノさんとは大きく違い、すごく清楚(絵文字の使い方がおじさん構文に見えるけど...)で、「委員長返して」なんてリプが飛ぶくらいには違和感が多い。また、無名さんのアカウントの方で月ノさんらしきツイートがあることから、魂の入れ替えを更に確信づけている。9/3の時点では、noteも更新され、同じ学校のノートでも丁寧な書き方と落書きなど多くの違いがみられる。

ここから一つ気づいたことがある。我々Vtuberを追うものとして、そのV個人を見分ける方法の大多数は肉体もしくは声である。多くVtuber個人をよく知ろうと思えば、実際の配信や動画を見に行くことが挙げられるだろう。twitterなどは公式のスタッフがツイートするなどの事例もあり、情報量が多いのは配信・動画に軍配が上がると言える。
しかし、この入れ替わり事件で改めてtwitterやnoteなどの個人の情報発信のパーソナリティについて再確認することが出来る。
にじさんじ含め多くの企業Vというのはツイート量が少ないと言ってもいいが、そのツイートに自分のパーソナル情報を詰めてツイートを行う。普段私たちは気にしていないがその文章は恐らく見るだけである程度の見分けがつくだろう。
よって、私たちの中の「声=魂」のイメージに引っ張られるのではなく、その他の全ての情報発信ツールで「魂」を出すことが出来ると暗に言えるのである。
無名さんが、清楚なツイートをすればするほど、noteで真面目なノートを見せれば見せるほど、元の月ノさんのパーソナル性との差異を感じることができ、改めて月ノ美兎らしさを見直すことが出来たと思う。

我々人間は、多くの知らないものをイメージすることで補完する。知ることでそのイメージを更新していく。よく知っているように思っているモノでは、逆にそのイメージに固執してしまう。Vtuberの声=魂であるという我々のイメージの固執を振り払おうとしていたのかもしれない。


・最後に


月ノさんが行った表現というのは時事も伴い、様々な波乱を呼んでいる。面白がる人もいれば、不安を大きく感じる人もいると思う。でもこのように固執への再認識をすることが出来るという新しい表現だったのかもしれない。
これからも動向に注意して見守っていきたいと思う。

PS. 清楚大会無名ちゃんで出るんじゃないかって推測で爆笑しました。

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