それはちょっと(試し読み)
忘れ物を取りに行くために、夜のオフィスに訪れたのが運のツキだった。
「小山部長、好きです!」
…あー、これはどうもマズいところに遭遇してしまったな。
目の前で繰り広げられているのは、いわゆる“告白”と言う現場である。
そっと観葉植物の影から現場を覗き込むと、
「ああ、やっぱりな…」
私は呟いた。
女子社員からの告白を受けている相手は、私の上司である小山和(コヤマカン)部長だった。
和風の“和”と書いて“カン”と読むネーミングセンスは一体何なのだろうか?
巷で流行ってるキラキラネームよりかはマシかも知れないけど、その名前をつけた親の顔が見たいです。
「ああ、そう…ふーん」
告白を受けた部長は女子社員を眼鏡越しで見た後で、そう返事をした。
「えっと、あの…」
返事を聞かされた女子社員は戸惑っている。
…まあ、そうですよね。
1度もカラーリングをしたことがないと言うストレートのサラサラの黒髪。
顔立ちは、いわゆる“塩顔系”と言うヤツで悪くないと思う。
身長も180センチくらいはあって、体型はスマートでスタイルはモデルなのかと聞きたくなるくらいにいい方である。
仕事もできるし、部下からも慕われている。
そのうえ、32歳と言う若さで“部長”と言う肩書だ。
当然のことながら、女が黙っていると言う訳にはいかないよね。
そんなことを思っていたら、
「悪いけど、君とはつきあえないや」
部長が言った。
「えっ…?」
女子社員が何を言われたのかわからないと言う顔をした。
おいおい、その断り方はねーべよ…。
相手は女の子なんだからさ、もう少し断り方を考えようよ。
「はっきり言っちゃうと、君のことを知らないんだよね。
誰だったっけ?」
部長は苦笑いをしながら言った。
ま、マジか…。
と言うか、“知らない”って…。
部長に知らない呼ばわりされた女子社員の顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
うわーっ、かわいそう…。
と言うかさ、上司なのに社員の顔と名前を覚えていないってどう言うことなのよ…。
「――ぶ、部長がそんな人だったとは思ってもみなかったです…」
女子社員は呟くように部長にそう言うと、フラフラとした足取りでその場から立ち去った。
おっと、こっちにくるぞ。
とっさに観葉植物の影に隠れた私だったが、当の彼女は気づいていないと言った様子で観葉植物の前を通り過ぎて行った。
「あっ、そうだ」
そもそも私がここにきたのは忘れ物を取りに行くためだったんだ。
用事を思い出した私が観葉植物から出てくると、
「あれ、南くん?」
気づいた部長に声をかけられた。