恋とマシンガン(試し読み)

梅雨が明けて初めて迎えた日曜日のことだった。

この日、私は高級ホテル『エンペラーホテル』の中にいた。

「結香、本当にいいの?」

電話越しから心配そうに声をかけてきた母親に、
「いいって言ってるじゃない。

私、もう25歳だよ?

ここら辺でもう身を固めなきゃ」

私は言い返した。

「相手はお父さんの知りあいの社長さんなんだし、心配ないって」

母親を心配させないように明るく言ったら私に、
「もし会ってみて、嫌だったら断ってもいいからね?

お父さんも急がなくていいって言ってるし」

母親の心境は代わらないみたいだ。

「わかってるって。

じゃあ、もう時間だから切るね」

私はそう言うと、スマートフォンを耳から離した。

指で画面をタップして通話を終わらせると、スマートフォンをバックの中にしまった。

山城結香(ヤマシロユイカ)、25歳。

今日は人生初のお見合いである。

ナチュラルメイクは特に崩れた様子はない。

胸元までのストレートの黒髪はハーフアップにしてお気に入りのバレッタで留めた。

この日のために買ってきた薄いピンクの小花柄のワンピースには、特に目立った汚れやシミもなけれれば値札もついていない。

白いレースのカーディガンは汚れていない、ストッキングは伝線していない、パンプスは汚れていない。

後は、お見合い相手に好印象を持たれるようにするだけだな。

その肝心の相手の顔なのだが、私は知らない。

当日になれば会って嫌でも相手の顔を知ることになるから見る必要はないと言って断ったのだ。

年齢は私よりも10歳年上の35歳で、大企業の社長をしているそうだ。

「ふう…」

私は深呼吸をして気を落ち着かせると、相手との待ちあわせ場所であるカフェへと足を踏み入れた。