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私の推し

「推し」ている人やことは生きることそのものには必要のないことは最初から分かっているのだけれど(なぜなら推しがなかった頃も息をしていたから)、もちろん私の存在も推し側からしたらいてもいなくても全く関係のないことで、そこには意味もさしたる理由もないのだけれどこれは俗に言う「推し」ているのだなと実感した日から基本的に毎日が幸せだ。

何度かnoteにちらっと書いているが、私の「推し」はプロバスケットボール選手である。

観にきませんか、と、とある方から声をかけられ4年前、久しぶりに5人制のバスケットボールの試合を観に行った際にプレーしていたのがきっかけだ。実はその前に3人制のバスケットボールの試合では2回ほど観たことはあったのだけれど、そのときはああこの人上手いな、くらいにしか思わなかったのだが、5人制でのプレーを観た時に目が追うのをやめられなくなった。

どちらかというとさほど「いい」試合ではなかったように思う。接戦で負けたし、その方が50点とか大量に得点したわけでもない。ただ、とにかくチームのためにゲームを少しでも良くしよう、という気持ちにあふれていたプレーだったと思う。

技術的に器用で、体格にも恵まれていたのは覚えていたが、実際40分のフルゲームを観ていたら、とにかく献身的にプレーする姿が、ほんとうにカッコ良かったのだ。2階席で観ていて、手を抜くことなく走り続ける姿を、いつのまにかずっと観ていた。

詳細は省くが、バスケットボールには3人制と5人制がある。あの籠にボールを入れたら得点になることは変わらないが、ボールの大きさやコートの大きさ、ルールなどに違いがあって、競技自体は似て非なるものなので、兼任している方はいるが、どちらかに比率を傾けていることが多い。

その方はどちらにも全力で取り組み、どちらでもプロとして契約している、数少ない選手の1人であることを、通年応援し始めてから知った。一年中プロボーラーとして、休みなくプレーしている。現在の時勢になるまで、私が観ている4年間、毎月公式戦がなかったことはないように思うし、故郷にもほんの少ししか帰っていない。現在も、契約している3人制のチームのメンバーのひとりとして、試合ができない中でも活動している姿がチームから時折流れてくる。

時を経て、ますますやれることも増え、技術的にも洗練されてきているし、どちらかといえば身長の割に華奢だった身体も鍛え上げられていて、それでいて、チームのために走り続けるところ、最後まで諦めずに勝ちたい気持ちを持ち続けるところは、変わっていないし、更に力強くなったように思う。

今後は、なかなか生で試合を観ることは叶わないかもしれないが、そんな4年間を観られたこと、「推し」として応援させていただけていることは、私の人生の中の幸せのひとつだ。

4年間は、短いようで色々なことがあった。いつか書こうかなと思うが、5人制のチームは5つ経験したし、3人制のチームでは日本選手権やプレーオフも観に行くことができたし、色々な場所での試合を出来る限り観に行った。もちろん、悔しいこともたくさんあったし、嬉しいこともたくさんあった。

どんな形で観られるのかは分からないが、もう少し、応援できたらいいな、元気でいてほしいな、といつも思っている。


2020.05.29.