妖怪談義(創作)2

オイラの知り合いに河童というやつがいる

先の大雨で増水した川にうっかりと落っこちて
こりゃあ流石のオイラもやべぇと必死の猫かきで
これがまったくもって役に立たねぇ


気づいた時には
上も下も分かりゃしねぇ
川底の丸い小石が頭にガツンときて
あぁ こりゃあまずいと思ったものの
手足がぼうっとなっちまった

嗚呼、オイラはもうだめだぁ
産んでくれたおっ母さん、サヨウナラ

あぁ そうそう 懐かしいや
オイラの首ねっこグイと咥えてどこかへ
運んでくれた この感じよ 
ついに冥土の花畑…
いや ありゃぁ見覚えのある川の土手だニャ

「おめ 大丈夫か?もう少し辛抱しろよ。おれが岸まで連れてってやるからな」

優しい声だが、おっ母さんにしちゃあちっと…
枯れた葉っぱを踏んだような声だニャ?

岸にあがっても、オイラの腹の中に水がたっぷり入ったまんまで。
苦しくて苦しくてしょうがねぇってのにそいつは
腹の上にドカンと乗っかってきやがって。

ありったけ腹の水を吐いて、吐いて、吐いて。
そうしたらぷぅっと息を吹き返したもんだから、河童の奴、なにを笑ってやがる。

「よし、これでもう大丈夫だ。いいか、もう川に近づくなよ。おれが助けてやらなかったら、おっ死んでたかも知れないんだからな」

恩を着せたって
オイラは抜け毛くらいしか出ないのニャ。

「助けてくれだなんて、頼んでニャい!それに、オイラは河童なんかより、おっ母さんに…、とにかくだ、おまえのせいで、あーぁ、思い出しちまったじゃねぇか、会いてぇなぁ」

河童は目を丸くしてオイラを見た。

「ニャはぁん?なんだ喋る猫が珍しいニャ?
オイラはニャァ、猫又つって…」
「おめぇ、おっ母さんいねぇのか?」

んニャ?

「そんなバカなことあるもんか。産まれてくるもの、み〜んな母ちゃんがいるもんだ。お前にも、オイラにも。でもな、ある日、おっ母さんは帰って来るなり眠り込むように動かなくなっちまった」
「そっか…」
聡明なオイラにはわかる。
コイツも同じ境遇に違いニャい。

恐らく寂しくて眠れない夜には、
ボロ毛布に残った香りを嗅いでフミフミ、
気を紛らわせて。

そうさな、
その気持ちの良いことと言ったら…
ゴロゴロ…
ゴロゴロ…
これで全てが解決するはずニャのに、
河童はまだ暗い顔をしている。

「どうして置いて行くんだろうな。その時は大事に大事に思ってたはずなのにな」
「いや、一緒にいたかったのはやまやまだけども、道連れはどうかと思うがニャ…」
「飼い主のことだよ。多分だけど、おっ母さん随分と痩せてたって言うじゃないか。もともと野良ならそんな風にはならねぇもんだ。きっと、飼い猫だったんじゃねぇかな。無責任な飼い主が、子猫まで面倒見れないからって、産んだ子ごと捨てて行ったに違いねぇ。ずっと飼われてた猫は、餌の取り方なんて分かんねぇで、痩せこけて死んじまう。酷ぇことするよな」
「う、オイラのせい…」
「違う!絶対に違うぞ、産まれてくることに罪なんてあるわけねぇ!悪いのは、無責任に飼っておいて、捨てる人間で、おめぇじゃないんさ」
 河童は頭の皿をキュキュッと鳴らすと、水掻きのついた手でオイラの喉をくすぐった。
ゴロゴロ、うぅん、コレには弱い。
「いい加減猫扱いはやめろニャ」
オイラは河童の水っぽい手を払いのけると、自慢のふたしっぽをくるんと巻いて暖をとった。
ずぶ濡れの体は命取りだ。
猫又になる前は、雨に濡れるのも怖かったが。
「おれのおっかぁはな。おかしくなったんだ」
「拾い食いでもして腹の具合がおかしくなるのはよくあることだニャ、よくよく温めておけば…」
「そうじゃない。おめ、もうちょっとおれの話をちゃんと最後まで聞けったら!」
「うにゃ」
「おとうが居なくなって、おっかぁは知らない男を連れてきて住ませたんだ。そんでおれに仲良くしろっていうんだ」
「初めは努力したさ。でもな、そいつは俺に、川から出て陸で生きろとか、一匹の魚も釣らないで帰ってくる穀潰しだって言ってくるんだ。」
「ウニャ…」
「嫌いになった。おれのこと何にも認めてくれないから。ありのままのおれを良しとしてくれないから。おれは、陸でずっと生きて行くことはできないし、魚は釣れるときもあればボウズの日もあるだろ?だけどさ、それでもさ。嫌な思いしながらも家には帰ってたんだ。おっかぁが待ってるから」
「うにゃ…」
「そしたら、今度はおっかぁが同じこと言い始めたんだ。おれのこと、誰よりも分かってるはずのおっかぁが…」

もう辛抱ならん。オイラは喋ることにしたニャ。

「もう、家出たらいいニャ。聞いてるだけで気分が悪くなる胸糞話ニャ。要はその男とおっかぁはお前をポイして人生やり直したいニャ。かといって邪魔とは言えないから、遠回しに嫌なことを言ってくるのニャ」
「いや、邪魔って言われたときもある…」
「なんてことなのニャ!言葉も選ばない、なんてデリカシーのない奴らなのニャ!?」
「いいか河童の助!そんな奴らとはもう金輪際付き合わなくていいのニャ!血が繋がっていようと、同族だろうと、関係ないニャ!もっと自分を大切にしなくちゃご先祖様が泣くのニャ!」
「そ…そうだな」
「いいか河童の助、これからはその釣り竿で、自分のために魚を釣るんだニャ。寂しかったら、オイラがいつでも話相手になってやるのニャ。オイラはいつも、そこの山寺の渡り廊下で日向ぼっこしてるから、和尚に見つからないように、コソッと来るといいニャ」
和尚はあんな真面目な顔で説法かます割にオイラの前じゃあデレデレの猫好きだが、妖怪となると歓迎はしないかも知れないとオイラは思ったわけ。
「わかったよ、ありがとうな。おめ、いい奴だな。そういえば、名前はなんて言うんだ?」
「名前などニャい!」
なーんて格好よく言ってみたけれど。
オイラが和尚に「あんころ」などとというダサい名前で呼ばれていることを知られるわけにはいかないのニャァ。ニャッハッハ!

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