お友だちでいられたら、と思います

「今日はありがとうございました。
またお会いできることを期待していますが、いかがでしょうか」

真夏日近くまで気温が上がった土曜の昼下がり、私はターミナル駅でトマトキムチのタクシーさんを待っていた。
広いメインの改札を避け、自動改札が5つ並んだ小さな出口だ。
初対面で待ち合わせるのにぴったりだ。

待ち合わせの14時の20分前に着いて、駅の化粧室でかんたんにお化粧を直す。
数年前に全面改修された化粧室は、スーツケースを持って入れるくらい広々としているし、鏡は小ぶりながらパウダースペースも設けられている。
隣の大きなデパートのトイレより、よほど気が利いている。
無印良品の紙白粉でおでこから鼻の頭を軽く押さえ、カバーマークのパウダーを軽く滑らせる。
唇は、最近いちばんのお気に入り、ヤクルト化粧品のチェリーレッドのティント。
コフレに一緒に入っていた、赤みの強いアイシャドウとチークを引き立てる。
先週、クセの強い顔の周りだけかけてもらった縮毛矯正で、70kgオーバーの丸顔は、ほぼワンレングスにそろった前髪にうまく隠されている。と、まりか本人は信じている。
戦闘準備、完了だ。

改札を出ても、それらしき人はいなかった。
5分ほど経ったころだろうか。タクシーさんからメッセージが入った。

「いま、改札を出ました」
「赤いブラウスを着ています」

そう返すか返さないかのうちに、まりかさん? と呼ぶやや高い声がした。
どことなく関西のイントネーションを帯びている。
そうだ、タクシーさんはたしか京都出身だ。
明るめのブラウンを軽やかに入れた、小柄な男性がはにかんだような笑みを浮かべて近づいてきた。

「はじめまして」
「はじめまして」
「このあたり、全然わからないんですよ。
どんなお店があるんですか?」

タクシーさんは、意外とせっかちらしい。
あいさつもそこそこに、デパートのある方向へ歩き出そうとした。
あれれ、駅の反対側のゆったりしたカフェに、久しぶりにゆこうと思っていたのだけど。

「そちらにゆくと、大きなデパートがあって、中にいくつかカフェもあります。
反対側に下りると、小洒落たカフェや、タリーズ、スタバ、ドトールもあるので…」

と私が言い終わらないうちに、タクシーさんはデパートの方向にさらに歩を進めた。
仕方がない、婦人服フロアにあるフルーツタルトがおいしいカフェにしよう。
そんなに混んでいないはずだ。

「ああ、上の方にあるレストラン街ですね」

あれれ、違うんだけど、ま、いっか。
今回のマッチングアプリ生活でそのデパートにゆくのは、無精髭のギターさん以来、ふたり目。

ちなみに、今回ゆこうと思っているカフェは、5年くらい前にやはりアプリに出会いを求めたときにも一度、お顔合わせをしているし、去年お見合いパーティでマッチした人ともお昼を食べたことがある。
どちらもおつき合いには至らなかった。
まりか、実はいろいろ経験していることに改めて気づき、我ながら驚いている。

エスカレーターで3階に上がると、週末だからかふたり連れが3、4組待っていた。
待合の椅子で自己紹介をしていたらあっという間かな、と思た瞬間だった。

「ずいぶん待っていますね。こりゃ、いつになるかわからないや。
やっぱりレストラン街にゆきましょう」

と、すぐ奥にあったエレベーターのボタンめがけて突進していた。
あれれ、どうしてもレストラン街にゆきたいのだな、と思って、そうですねとだけ行ってついて行った。
ふだんはこんなに混んでいないんですけれども、と、聞こえていないかもしれない背中に向かって言いながら。

10階のレストラン街は、蕎麦屋などはまだまだ混んでいたが、人が引き始めたイタリアンレストランでお茶を飲むことになった。

「いやあ、髪がすっかり白くなっちゃってね。
黒く染めても追いつかないから、美容師をしている息子に相談したら、こんな色になったんですよ」
「そうなんですね。とてもよくお似合いです」
「ありがとうございます。少しくらい伸びても目立たないし、もう息子におまかせですよ」

彼は終始にこやかに、おだやかに、話し続けた。
緊張は人を饒舌にする。
仕事のこと、家族のこと、旅行のこと。
私に質問する隙をほとんど与えないほど、広く浅く、話し続けた。
メッセージでやりとりしているときは、小さな話題がぽんぽん続いて気持ちよかったのに、こうして目の前にして話をすると、何かぎこちない。
何だろう。
まるで、続きそうで続かない、コツンコツンと鳴る羽根つきのようだ。
タクシーのお客さんとしてなら、とても居心地がいいだろうに。

美容師の息子さんには、マッチングアプリのことを話したのだろうか。
本当によく似合うし、たまたま拾ったタクシーを運転してたら、今日は当たり! と思ってしまうだろう。
グリーンのストライプのシャツは、たぶん下ろしたてだ。
まりかに対して、できる限りの気持ちと時間を費やしてくれているのがわかる。


でも、何かが違うのだ。

ついカバンに手を伸ばし、スマホを見るとまだ15時だった。
16時くらいまでは時間を取っていたのだけれども、無理だ、と思った。
こんなににこやかに、おだやかに、優しいのに。
どんなにいい人でも、私にとってはいい人ではなかったらしい。
15時19分、ケーキも食べ終わった。

「次の予定もあるので、今日はこのへんで」
「そうですね。お時間、ありがとうございました。
せっかくここまで来たから、ぶらりとまちを見てゆこうかな」

バブル真っ只中に建てられたデパートの、大きなガラス張りのエレベーターに乗って、このあたりの大まかな案内をする。
彼なりに、プランができたようだ。
こういう旅好きならではのところは、嫌いでないのだけれども、やっぱり理屈ではない。
彼は、まりかにとってはオスではないのだ。

「私、少し買い物があるのでここで失礼します」

デパートの入り口で、私はにっこりと伝えた。

「今日はありがとうございました。あっ、連絡先!」

あれれ、LINEの交換するの?
週末の人混みの中、それはちょっとというのもなと思って、なりゆきで彼が差し出したQRコードを読み取る。
個人タクシーの営業に使っているのだろう、本名が表示された。
真面目に働いているいい人なのに。
いい人で、趣味が合っても、何かが違う。


夜、また会いましょうのLINEをもらったまま返信ができず、24時間経ってようやく私は返信をした。

「こんばんは。
タクシーさんとは、お友だちでいられたら、と思います」

さようなら、トマトキムチのタクシーさん。
3週間、毎日連絡をくれたのに、ごめんなさい。
やっぱりオスとしては見られそうもないんです。

さくらまりか、50歳をすぎてお友だちでいましょうとベタなことを言うことになろうとは、思ってもいなかった。


*2023年6月17日、18日の活動状況
・もらった足あと:5人
・もらったいいね:3人
・やりとりした人:2人
今日はサムライ業のクロネコさんとのお顔合わせだった。
合う合わない、言語化できないこの感じは何なのだろう。

サポートしてくださった軍資金は、マッチングアプリ仲間の取材費、恋活のための遠征費、および恋活の武装費に使わせていただきます。 50歳、バツ2のまりかの恋、応援どうぞよろしくお願いいたします。