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頭のデトックス

「1日6,000歩から8,000歩。
足の裏には、メカノレセプター、感覚受容器があって、使わないとどんどん老化してっちゃうんだよ。
ヨガも大事だけど、まずは歩く、歩く!」


梅雨入り前の午前4時10分。
まりかは、ヨガのオオキ先生のことばを思い出しながら、玄関の鍵を閉めた。
6,000歩ウォーキングである。
8年前、1年の休職から職場に戻る前に体慣らしに歩いて以来、お気に入りのコースだ。
住宅街から工業団地の端をかすめ、田んぼを抜けて木陰を歩く。
日の出は何時なのだろうか、右手の高台にある高校の校舎が赤銅色に照らし出されている。


メカノレセプター、体のバランスを司るのだそうで、これが作動しなくなると体の傾きや体重のかかり方が脳に伝わりにくくなるという。
独居中年のさくらまりか51歳、おひとりさまの老後をすこやかに迎えるために、ダイエットよりもまず健康だ。


歩くことは好きだ。
ゆきたいどこかにゆくのも好きだし、歩くためにどこかにゆくことも好きだ。
歩くことは、頭のデトックスである。
一歩踏み出すごとにひとつ、頭の中のものがぽんと動き出す。
動き出した思考は、思い悩んだり振り切ったりしながら、ぽんぽんと弾んで消えてゆく。
嫌な記憶を追いやる格好の時間だ。

マッチングアプリで突然、やりとりが途絶えた殿方からの最後のメッセージ。
自分からつき合おうと言いながら、いなくなった殿方の後ろ姿。
無理やり手をつないできた殿方の、ねっとりとした感触。
みんなみんな、田んぼに葬ってきた。

県道はすでに、大型トラックが肩で風を切って闊歩している。
霧の向こうに青信号があくびする。
スクーターの明かりが大きく雄叫びをあげながら通りすぎてゆく。
こうしてまちは、今日も朝を取り戻す。


今日は精神科の受診日。
初診から9年間、診ていただいたY先生が先月末で引退して、新しいドクターに変わる。
今度の先生、相性はどうだろうか。
体調を崩したとき、Y先生のように淡々と寄り添ってくださるだろうか。
大丈夫、大丈夫。
まりかはいま、自分の足で立っているのだから。
さあ、支度をして朝ごはんにしよう。
1日の始まりだ。

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