ふたりはこうなるべくして出会ったのだから

「何だか楽しいですね」
「はい、本当に楽しいです」
「このまままりかさんとおつき合いしたいと思うのですが、どうですか」

8月最初の日曜日、焚き火の好きなJUNさんとのお顔合わせの予定が入っていた。
マッチングアプリ退会前日にやりとりが始まった、さくらまりかにとって最後のご縁となる殿方だ。
お顔合わせ、半年間で実に13人目である。

朝からシャワーを浴び、いつもより長めにヘアパックをして、美容液だってふだんの倍量を手に取って、デコルテやひじ回りまでていねいに伸ばした。
色の白いは七難隠す、きめの細かい肌は、数少ないまりかの武器だ。
手を抜くわけにはいかない。
エアコンの効いた部屋で、お気に入りのボディローションをたっぷり身体にのばして、お気に入りの赤いワコールの下着を身につけた。
われながら、美しい胸のでき上がりだ。

明らかに35度近くあると思われる中、駅まで20分の道のりを歩く気にはなれなくて、バスに乗ろうと玄関を出ると、雨が降り出していた。
それまでの青天は何だったのかと不思議に思うくらい、視界は白くけぶっていた。
おそらく長くは降り続かないだろうから、長傘を持つのは気が進まない。
華奢な晴雨兼用傘を開き、徒歩30秒のバス停に急ぐ。
たちまち、おろしたての水色のリネンのワンピースは風上側だけ水を帯びる。
ずぶ濡れだ。

バスが駅前に着くと、憎たらしいことにあんなに激しく私を濡らした雨は、降った気配も降りそうな気配もなく、からりと晴れている。
まりかはひとり、しずくが滴りそうなワンピースと傘を引き摺るようにして、改札に上がった。
何を隠そう、まりかは雨女である。
このにわか雨が、まりかの実力発揮であれば、JUNさんとのお顔合わせはうまくゆくのだろうか。
いや、期待はすまい。
JUNさんは何といっても、最初の足あとからマッチングまで、実に3週間も要した人なのだから。

待ち合わせの駅に着いた。
約束の11時半までは15分くらいあったので、服と傘を乾かしがてら、駅前を少し歩いた。
熱気と日差しと人ごみにめまいがして、思わずしゃがみ込みそうになる。
ロータリーをぐるりと回る間に、ワンピースは濡れて色が変わった部分がわからないくらいになり、傘も折り畳める程度には乾いた。
改札口に戻ったところで、JUNさんからのLINEが鳴る。

「着きまーす」
「コインロッカーの前にいます」

電車が到着したようだ。
ホームから上がった人たちが、続々と改札を抜けてくる。
人酔いしそうだ。と思った瞬間だった。

「まりかさん? はじめまして」

声フェチまりかのど真ん中の低めの声が、私の名前を呼んだ。
クセのある白髪混じりの髪を自然にまとめて、口髭と顎髭をさりげなく生やしたJUNさんは、内野聖陽を小柄にしたような雰囲気だ。
黒い細かいギンガムチェックのシャツから伸びる腕は、日に焼けてしなやかな筋肉におおわれていて、黒いスキニーパンツが引き締まった体によく似合う。
どうしよう、細マッチョに低い声、まりかのお好みど真ん中だ。
あの往生際の悪いマッチングからは、想像がつかないくらいに。

彼が見つけてくれた参道沿いのフレンチのお店で、食事をして驚いたのは、食べるペースとしゃべるペースが合うことだ。
どちらからともなく、仕事のことや家のことを話して、気がつくと同じタイミングでひと皿が終わり、グラスが空く。
彼が合わせてくれた?
いやいや、そんなに器用な人はいないだろう、と思うくらい、ぴったりなのだ。
JUNさんが声を立てて笑うたび、目尻にくっきり浮かぶ3、4本の笑いじわに、まりかはたちまち夢中になった。


食事が終わって、どちらからともなく参道を歩き出す。
外国人観光客が戻ってきて、すっかりにぎやかだ。
山門をくぐり、本殿をとおりすぎ、敷地につながる公園を歩くことにした。
50歳と57歳の男女が、おそらく気温35度はありそうな8月の空の下、汗びっしょりになりながら歩く。

「お嬢さん、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」

池に下りる途中の階段でよろめくまりかの手を、JUNさんが取ってくれた。
手のひらもそこから続く腕も、ふたりとも汗がほとばしり出るほどぐっしょり濡れていたけれども、不思議と不快な感じはしなかった。
細身で小柄なJUNさんの手は小さいが厚ぼったくて、節々がしっかりしていて、手の甲には幾筋も血管が浮き上がっている。
ああ、手フェチのまりかのお好みど真ん中である。
左利きの彼のこの左手が、まりかの薄い右手をしっかり恋人つなぎにからめとる。
この人の肉体は、まりかのそれと陸続きにあるのかもしれない、とすら思えるくらい、自然だった。
日陰に入ると、水辺の風はひんやりしていて、JUNさんの手から伝わる体温が際立った。


参道のカフェでかき氷を食べて、炎天下の散歩でオーバーヒートした体を冷やしてから、駅へと向かった。
JUNさんの左手はためらうことなく、まりかの右手をあっという間につかまえる。
まりかも呼応するように握り返す。
まるで生まれる前から、そうしていたかのように。
手に込められた力とは裏腹に、気持ちがゆるむのがわかる。
ああ、こんなに力を抜いて殿方と一緒にいるのは、いつ以来だろう。
気取ることもなく、嫌われることも心配せず。


駅まで5分の道のりで、彼が不意に切り出した。

「このまままりかさんとおつき合いしたいと思うのですが、どうですか」
「はい」
「僕でよいのでしょうか」
「私でよいのでしょうか」

車と人がすれ違うのがやっとの細い路地を、中年のふたりは肩をぶつけ合ってじゃれながら、恋人同士になった。

This is how we are meant to be.

きっとふたりは、こうなるべくして出会ったのだから。

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