「焦らずになかよくなれたらうれしいです」
「まりかさん、意外と慎重すぎるのかな」
まりかは、一糸纏わぬ姿で、無心にお風呂場の床をこすっていた。
塩素系漂白剤でも、酸素系漂白剤でも落ちなかったその汚れは、シャンプーの横で干からびていたウタマロ石鹸がきれいに落としてくれることに気づいたのだ。
娘の制服の襟首汚れを落とすために買って、卒業後、何年もそこに打ちやられていた、ブルーの直方体は、角をこそげ落とされてたちまち、不恰好な多面体となった。
シャンプーのあと、ロクシタンのヘアパックを塗りたくってからの時間に、床磨きはもってこいだった。
数センチの格子になった床材に、ウタマロ石鹸をゴシゴシ滑らせる。
ブルーの石鹸が目地に入り込んだ様子が夏らしくて、気分が華やぐ。
そこを床用ブラシで力いっぱいなぞると、歯みがきのような白い泡が出現する。
頭を空っぽにする。
返事のこないLINEも、生理的に嫌悪感を抱いている父親のことも、阿呆のような連日の暑さのことも、みんなみんな、泡に包み込んでしまおう。
十二分に気が済んだら、シャワーでざあっと流す。
見違えるほど白い床が出現する。
ここ数日、いちばんの楽しみだ。
昨日、日曜出勤を気にするなら返信不要です、と、かわいくないLINEを送ってしまった、焚き火が好きなJUNさん。
これきりになっても仕方ないかと思って眠剤を飲んで寝てしまったら、薄れゆく意識の向こうで着信音が鳴った。
飛び起きた。
「少し前までは平日休みでしたから、そーゆーこだわりはないですよ。
まだまだおたがいをよく知らないとね。
まりかさん、意外と慎重すぎるのかな?」
驚いた。
だって、さくらまりか50歳、ものおじしないと言われることこそあれ、慎重と言われたことはなかったかから。
でも本当は、人見知りだし、人の心の動きにとても臆病だ。
それをJUNさんは、やりとりを始めて1週間で見抜いてしまったらしい。
いや、そうやって彼が特別だと思うのはやめよう。
この人こそ運命の人と、この半年間、どれだけ辛い思いをしてきたか、思い出したまえ。
JUNさんのLINEは、まだ続いていた。
「焦らず、なかよくなれたらうれしいです。
でも、ホントは早くお会いしてみたいです」
驚いた。
だって、最初の足あとからまりかが痺れを切らしていいねをつけるまで2週間、さらにそのあと10日近く足あとをつけ合って、まりかが「明日、退会します」とプロフィール文に入れたとたんマッチングした、往生際の悪い人が、会いたいと言っているのだもの。
歯切れの悪い一連の流れがあったから、彼のことをハスに見ているところがあるけれども、この人こそ、もしかしたらすごく臆病で慎重な人なのかもしれない。
まるで、まりかの合わせ鏡のように。
結局は男と女、会ってみないとわからないし、触れてみないとわからない。
触れてみたってわからないこともあるし、わかったつもりでわからないこともたくさんある。
それでも、この世界で接点を持ったのも何かの縁。
相手のことを知りたい、わかるようになりたいと思うのは、さらに深い縁なのだろう。
眠剤で朦朧とする頭で、まりかは必死にキーボードを追いかけた。
「意外と臆病で慎重なのが、バレてしまいましたね。
気持ちを開くのに少し時間がかかるかもしれませんが、私もゆっくりおたがいを知ることができたら、と思っています。
お顔を見てお話できたら、安心できるかな。
私も早くお目にかかりたいと思っています」
*2023年7月31日のダイエット
・自転車通勤(電動アシスト付):60分
・ラジオ体操:第1、第2を1回ずつ
・ウォーキング:仕事で終日、屋外ですごして疲れたのでお休み
・スクワット:30回
・コロコロローラー:適宜
おやつは我慢できたけれども、夜は缶ビールを開けてしまった。
明日は、飲まないぞー。
サポートしてくださった軍資金は、マッチングアプリ仲間の取材費、恋活のための遠征費、および恋活の武装費に使わせていただきます。 50歳、バツ2のまりかの恋、応援どうぞよろしくお願いいたします。