番外編:異国のミサに遭遇した異邦人

「結果、今日はあなたとおデートできてよかったよ」


梅雨入り直前のからりとした夕方、まりかは84歳のソウちゃんを乗せて、国道を走っていた。
バツ2の50歳、マッチングアプリに明け暮れる、さくらまりか史上最年長の殿方とのランデブーである。


ことの起こりは、3週間ほど前だった。

20年来の知人であるソウちゃんから、隣の市の老舗ホテルまで同伴してくれないかと、連絡があった。
派手な服装はしないように、と念を押されたので、ユニクロに紺のスーツを買いに走った。とんだ物入りである。


ソウちゃんは、地元の市役所で部長まで勤めた人だ。
飄々と言いたいことを言いながら、決して敵をつくらない。
町内会長やら民生委員やらを歴任した、いわゆる地元の名士でもある。
まりかが彼を知ったのも、これら地域の活動を通してだった。



「このたびは、めずらしいところへのお誘い、ありがとうございます」

「あなたみたいな人が、見識を広めるのにいい機会だと思ったから」



クルマを降りたまりかを、ソウちゃんは上から下まで舐めるように眺め、レースのキャミソールがのぞく豊かな胸元で、ちょっと視線を止めた。

ソウちゃんの頭は、ヘチマのようにツルツルで、男性ホルモン豊富だった過去の栄光を輝かせていた。
このじいさん、米寿を数年後に控えてなおモテる。
おさわりや卑猥な発言は絶対にせず、知的で艶っぽいことばで女性をドキドキさせるのだ。



痩せてダブダブになったスーツで、杖をつきつき歩くソウちゃんと向かったのは、A県神社総代会B支部総会である。
何かと話題の神社庁は、役所ではなく宗教法人であると初めて知った。
全国約8万社の神社を束ねる神社本庁の下に、都道府県単位の神社庁が置かれている。
今日はさらにその下、郡単位の支部に属する神社を支える、氏子総代の集まりというわけだ。



会場は、1980年代に建てられた古めかしいホテルの宴会場だった。
かつてスモークの中、新郎新婦が入場したファンシーな階段に続くバルコニーから、日の丸が吊り下げられていた。
シュールである。


「じゃ、俺は役員だからあっちに行くよ。あなたはトイレに行くときに声をかけるから、ここに座りなさい」


と、まりかに前から3列目の通路側を指定し、ひな壇に向かった。
残念、本当は、いちばん後ろで会場をじっくり観察したかったのに。

くるりと振り向くと、どう見ても平均年齢75歳をくだらない老紳士たちが並んでいた。
神社の氏子総代は、その土地の町内会長が務めるならわしらしい。

手元の資料によれば、A県神社総代会の実践目標は、

「神社大麻増頒布運動の継続」
「皇室の伝統と行為の重みを尊重する活動」
「憲法改正運動への協力」
「総代研修会の継続と充実」

の4つ。
百聞は一見にしかず、本当にこんな世界があったのかと軽くめまいがした。

この日は、郡内の100近い神社から、およそ250人が集まっていた。
上座のひな壇には、保守系の議員たちが国から県、市町村とお行儀よく並ぶ。
スーツ姿で年寄りの世話をするのは、若い神職たちだろうか。ご苦労なことだ。
私たちがお宮参りや七五三、初詣を楽しむことができるのは、ある意味ここに参集している人たちのおかげだといえる。


開会後、「神宮遥拝」の号令とともに、一同恭しく二礼二拍手一礼。
続いてお約束の国歌斉唱、最後は「天皇陛下、万歳」で締められた。
異国でミサに遭遇した異邦人の気分だ。
仕方ないので、卒倒しそうなココロとカラダをどうにか支えながら、低く両の手を上げた。

バンザイ。

ちなみに、まりかは日の丸・君が代がない高校に通い、左翼の活動家と8年間の結婚生活を送ったが、右にも左にも偏りはない。いや、やや左寄りか。


総会が終わると、よろめくソウちゃんのショルダーバッグを持って、ワンフロア上に移動だ。懇親会が始まるらしい。
途中、スーツ姿の中年の男性がソウちゃんに近づいてきて、ひそひそ囁き、ぺこぺこと二度、お辞儀をし、私にも会釈をした。
よく見ると、顔見知りの宮司だった。装束姿ではないので、気づかなかった。
彼は私と同い年、私もこんなにオバさんに見えるのかと、ため息をついた。


「彼氏ね、オレに懇親会の乾杯をやれって言うの。
まったく、年寄りつかまえて、まいったな」


ことばとは裏腹に、ソウちゃんは得意満面である。殿方は、いくつになっても肩書きと役割がお好きらしい。

そういえば、20年近く前の宴席で、突然、乾杯の発声を指名されて戸惑うまりかに、隣の席から小声で口移しに指導してくれたのは、ソウちゃんだったっけ。


「タケウチさん、ずいぶん若い奥さんだねえ」
「これね、5番目の妻」
「あら、私のほかに4人もいらっしゃるんですか?」


無事に大役を終えて上機嫌のソウちゃんの横で、まりかは奥ゆかしい笑顔をふりまきながら、お酌をして回った。
50年も生きていると、じいさんたちのあしらいも手慣れたものだ。
ちょっと、ソウちゃん、勝手に腰に手を回さないでくれる?


「オレもまだまだ、隅には置けないでしょ。あっちからもこっちからもあいさつにくるのがいるんだから」

「そうですね。改めて、ソウちゃんのお顔の広さがわかりました」


助手席のソウちゃんは、満足そうにうなずく。


「貴重な機会をありがとうございました」

「楽しかったよ。あなた、なかなか美人で気が利くと評判よかったよ」


ソウちゃんは、別れを惜しむ大学生のようにまりかを見つめながら、さわやかにせつなげに言った。



「ただ、少しやせないとな」

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