ひめことまりかの恋活珍道中 in 長野 恋の痛みはワインで癒す

「こないだkさんとお泊まりしたときね、夕方6時にお宿について、ずーっとふたりで飲みながら話していたの。
ちゅーもぎゅーもしないんだよ」
「ほう」
「ようやく日付が変わるころになって、私がシャワー浴びて、バスタオルをくるっとまいただけでうろうろしているのに、kさんってばまったく興味を示さないの」


トオル伯父がこの世を去った翌日、ひめちゃんとまりかは、いい感じに酔っ払っていた。
ここは長野電鉄の「ワインバレー列車」の中。
ワインにぴったりのサンドイッチやお惣菜がぎゅっと詰まったランチボックスに、長野電鉄が厳選した、長野産ワイン7種類が飲み放題なのだ。

本当は、まりかがコウイチとゆこうと予約したこのイベント列車、恋活同志のゆめみひめこさんにつき合ってもらうことになった。
だって、コウイチは、まりかの人生から消えてしまったから。

ステキなしつらえの列車の真ん中にはワインバーが。ずらりと並んだワインたちは、まりかのもの。
ぎゅぎゅっと詰まったランチボックス、何と魅力的なのでしょう。
座席に着くと、ランチボックスとともに白ワインがお出迎え。かんぱーい。



名付けて、「ひめことまりかの恋活珍道中 in 長野」。
ひめちゃん、本当にありがとう。愛してる❤️

恋の痛みは、旅で癒すに限る。
東京駅から長野駅まで新幹線で向かい、まずは善光寺詣り。
山道であちこち寄り道をしているうちに、ワインバレー列車の時間が迫り、善光寺は道半ばで戻ってきた。
朝からさんざんしゃべり倒した私たちの舌は、ワインの魔力でさらになめらかである。
車窓には大きな山々がずらりとふたりを迎え入れる。
ああ、コウイチはいなくても、ひめちゃんとの旅は楽しいのだ。

「バスタオル、くるっ、で、興味を示さないの?」
「そうなのよ。彼、シャワー浴びて出てきたら、自分だけパジャマ着ちゃってさ」

乾杯の1杯目にして、ひめことまりか、絶好調である。

「ひめちゃん、お泊まりなのになさらなかったの? めずらしい」
「ううん、仕方ないからね、バスタオル一丁で彼の前を両手を振りながら、『ねえ、やるの? やらないの? やるならこのまま服着ないよ』って、言ってみた」

さすがゆめみひめこさまである。
ともすればお下品そのものの行動が、彼女にかかればたちまちキュートな乙女の所作になってしまう。
ホテルの白いバスタオルに身を包んだひめちゃんが、踊るように殿方の前をひらひら舞う姿は、想像に難くなかった。

「それでそれで?」
「そしたらね、『いや、するよ。脱がせる楽しみがほしいから、服、着てよ』って」
「きゃー。脱がせる楽しみだって!」

さくらまりか、前の彼氏と別れてはや2年半、ご無沙汰である。
ココロ開かずしてアシ開かず、が、まりかの信条だ。
ココロもアタマも満たしてくれる殿方とだけ、カラダも満たし合いたい。
いえ、すべてを許せると思うまでは、怖いのだ。
ぴぴぴと波長が合うと、やってみるかと体を重ねてみるひめちゃんがうらやましくもあるが、コンプレックスの塊のまりか、そうは問屋が卸さない。
まりかだけを愛してくれる殿方が現れるまでは、じっと我慢の子だ。

「で、ちゅー?」
「それはそれはもう、とろけるような長ーい長ーいキスだったわよ」
「それから?」
「んもう、まりかってば。kさん、すっごくよかったの」
「きゃー」
「こんなこと言ったらまた、yさんに行動を慎みなさい、って怒られちゃうね」


日曜の昼下がり、中年の恋活女子ふたりのおしゃべりは、とどまるところを知らない。
いったい、ここまでワインを何杯飲んだのだろう。
白、ロゼ、赤、くらいだっただろうか。
気がつくと、手元のランチボックスもグラスも空っぽになっていた。

「ねえねえまりか、あっちのテーブル見て。
あの人たち、おつまみ持参で乗ってるよ。
さすがだね、慣れてるのかな」

声をひそめたひめちゃんの目線の先には、スーパーのお惣菜をテーブルいっぱいに広げた、中年男性4人連れの姿があった。
ひめちゃん、目ざとすぎ。

まりかは、お向かいのワインバーにひょいと手を伸ばし、カウンターのゆうさんに白ワインを注いでもらっていたそのときである。

「わー、うれしい! おいしそう!
いただいていいんですか?」

ふだんよりさらに高い、ひめちゃんのきらきらした声が、背中から聞こえてきた。
手には、アーモンドチョコと、ベビーチーズがしっかり握られている。

「まりか、チョコとチーズいただいちゃった!
どうする、どうする?」

どうするって、ひめちゃん、しっかり受け取っちゃってるじゃないの。
さすがの美魔女、ワインバレー列車に乗り合わせた、見知らぬ殿方のハートまでつかんだようである。
ああ、この天真爛漫さがうらやましい。
こんなに素直に感情表現をすることができたら、まりかの人生は180度変わっていたに違いない。

「ありがとうございます。いただきます」

まりかはにこやかにお礼をして、上機嫌のひめちゃんとともに、頭をぺこりと下げて、席に戻った。
それにしても、ひめちゃんはかわいい。
エロ話をして、隣のテーブルからおつまみを奪って、と、やっていることはオバさんそのものなのに、なぜひめちゃんだとかわいいのだろうか。
永遠の謎である。


「ねえ、まりか、宿の食事は?
朝ごはん、たくさん出るかな? ごはんのおかわりできるかな?」

ランチボックスを食べ尽くし、見知らぬ殿方からの差し入れを胃袋に収めてもなお、翌日の朝ごはんの心配ができるのは、この列車内を見渡しても、このゆめみひめこさましかいないだろう。
そしてここから翌日の朝8時まで、歩きながら、温泉に浸かりながら、ひめちゃんの「ごはんのおかわりできるかな」を、まりかはざっと30回ほど聞くことになるのである。

恋の痛みは、旅で癒すに限る。
いえ、ゆめみひめこで癒すに限る。


コウイチがここにいたら、向かいの席ではなく、まりかの隣にぴったり寄り添って座ってくれたのだろうな、と、5杯目のワインでぼんやりした頭で考えた。
でも、コウイチはここにはいない。
ひめちゃんとの旅は、まだまだ続く。
いまを楽しもう。それだけだ。
さあ、次のワインはロゼにしようか。

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