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レモンの種【#シロクマ文芸部*レモンから】

 レモンからシルバーの指輪を取り出したマジシャンが、「あなたの大事なものはこれですか?」と言った。
 受け取った指輪は、あの日についた傷が綺麗に無くなっていた。
「ーーそうです。私の結婚指輪です」
 そう答えた瞬間、周りから盛大な拍手が起こった。誰かが、もはや超能力だと言った。
「マジックなんですよね?」
「もちろん、マジックにはタネがあります」
 マジシャンはあやしげに微笑んだ。
「……夫が見つかったんですか?」
「ええ」
 和解をするチャンスはいくらでもあったのに、意固地になって二人の間には会話らしい会話も無かった。夫はそれに耐えられなかったのか、ある日、仕事に行ったまま自宅に帰って来なかった。
「私、ずっと後悔していたんです」
 夫が密かに指輪をメンテナンスに出していたと後から知って、まだ愛情が失われてなかったと気づいたから。
「夫はどこに? 謝りたいんです」
 辺りを見渡すといつの間にか観客が誰もいなくなっていた。
「どういうこと?」
「実はご主人に雇われましてね。あなたに見合った方法で指輪を返して欲しいと。とても、難しいご依頼でした」
「もしかして、レモンのこと?」
「そうです。二人で植えた思い出のレモンに想いを託したいと仰られましてね。仕込むのに苦労しました」
「……だって、あの家は別の人が住んでるでしょう?」
 夫が出て行ってしまってから、一人では庭付きの家になんて住み続けられなかった。それに、小さなアパートにレモンの木を持って行くことも出来なかった。
「ええ。でも、レモンの木はそのまま残っていましたよ」
「そうでしたか……だけど、なぜ今なのでしょう。もっと、早く帰って来てくれていたら、私達はやり直せたかもしれないのに」
 マジシャンは悲しげに目を伏せた。
「……そう、やり直す気はなかったのね」
 だとしたら、何のためにわざわざ手の込んだ方法で指輪を返したのだろう。
「ご主人はご病気で、あなたに直接会えなくなってしまったんですよ」
「えっ」
「長い闘病生活の中で、あなたのことを思い出した。彼もまた後悔していたと」
「そんなーー」
「あなたが道に迷っているかもしれないから、二人を繋ぐ指輪を返したいと思ったそうですよ。本当は幸せにしたかったと」
「やあねえ、私はそんな不幸せな女じゃなかったですよ……」
 夫がいなくても、仕事場に行けば気の合う同僚もいたし、上司からのパワハラにだって果敢に立ち向かった。その甲斐あって、仕事場の環境はグッと良くなって、皆でハイタッチしたものよ。趣味で始めた和歌の会でいい人にも出会えたしーーあら、これって走馬灯ってやつみたい。
「やだ、あなたったら、そんなところにいたのね」
 私はレモンの香りがする指輪をはめた。
 私は孤独なんかじゃなかった。幸せな一生だった。
「あなたとずっと一緒だったら、もっと良かったけどね」
 ふわりと身体が軽くなって、誰かが枕元にレモンを置いたのが見えた。
 パタンと扉がしまった瞬間、あれが誰だったか忘れてしまった。

#シロクマ文芸部 #レモンから
#ショートストーリー

あとがき

今回は短めのショートストーリーになりました。レモンから何を出そうか悩んで、浮かんだのがマジシャンでした。彼らなら何でも出せるはず!
それがたとえ死者の指輪でさえも…
ホラーの展開もありましたが、今回は綺麗目に仕上げてみました。

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