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「あなたなんかいなくても生きていけるわよ」


「あなたなんかいなくても生きていけるわよ。」

10年前彼から言われた言葉
いや、正しくは

「あなたなんかいなくても生きていけるわよ。って言ってくれ。じゃないと俺、死ねないよ。」

何も言えなかった。
自信なかった。
ただ心の中で、「じゃ、ずっと言わなかったら生きていてくれるの?
言うもんか。絶対言わない。」

10年前。

私は子宮の手術のため入院していた。

手術後2日間は苦しんだ。3日目少し風に当たろうと窓を開けたら

かすかにギターの音が聴こえた。

切ないメロディー。心をどこか遠くに持っていかれそうになった。

その音は数日間、聴こえては消えてを繰り返していた。

退院の日、またギターの音が聴こえた。

音につられて外の広場に向かう。

木漏れ日の中、ベンチで男性がギターを弾いていた。

少し離れたところで聴きいってしまった。

私に気づいた男性は手を止めて

「音楽好き?」

少し間をおいて

「好きでした・・・。」

とだけ言った。

本当は音楽が大好きで、そのために一人上京して頑張っていた。

だけど数年前から腹痛がひどくなり、思うように歌えなくなった。

そして今回子宮の手術。

音楽は、諦めかけていた。

「良かったら今度俺の曲一緒に歌わない?」

そう言いながら、彼が持っていたノートに何か書いて破ってくれた。

そのノートには詩とコードがびっしり書かれていた。

「俺の連絡先」

は?もしかしてナンパ?

いや、彼はまだ少年の様に若くてイケメンだ。

私の方がきっとかなり年上。

私は恐る恐る彼に聞いた。

「あのぅ、何歳ですか?」

「23」

「ふーん、若いね。」

とだけ言った。

私よりも10歳以上下かぁ。と思いながら

「でも私が歌えるかどうかなんてわからないでしょ?」

ちょっと不機嫌そうに言った。

「いや、わかるよ。だって俺の曲歌いたそうに聴いてたし」

自信満々に言う彼に

「えー?」としか言えなかった。

後で思うと彼のいうとおり、歌いたかったのかもしれない。

連絡先はもらったものの、すぐ連絡するのは軽い女に見られそうでしばらくそのままにしていた。

数日後、職場でちょっと感じいいなと思っていた男性の後ろ姿が見えたので近づくと、

「いやぁ、だって優子はこども産めなくなったしさぁ、なしだよ。」

え?

私の事だ。

私の事だ。

私の事だ。

なしですか?

そうか。

なしか。

こっちだってなしだよ。

涙があふれた。

家に帰っても心が騒ぐ。

落ち着け。落ち着け。

あぁ、なんか病院で聴いたあの曲聴きたいなぁ。

なぜかわからないけど

男性に連絡した。

男性は驚きもせず淡々と会う約束をした。

数日後会った。

男性は私の事何も聞かずに

「じゃ、歌ってみて」と言って曲を弾きだす。

不思議と言われるがまま歌ってしまう。

あぁ、この感覚。ずっと忘れていた。

忘れようとしていた。

私、音楽好きなんだ。

彼の醸し出す音は不思議な気持ちにさせた。

切なくも優しく、それはまるで彼そのものだった。

私達は惹かれるがまま、会っては音を楽しんだ。

そのうち彼がギターを弾いている姿を曲と共にインターネット上にアップしていた。

彼の曲と彼に惹かれる人が増えるにしたがって

ファンクラブの様なものができていた。

彼と同じくらいのかわいい女の子が積極的に彼のもとに通っていた。

まんざらでもなさそうな彼に「あの子かわいいよね?」

ちょっと意地悪な感じで言った。

「うん。かわいいね~」

と笑いながら言う彼。

なんか悔しい。あの子に負けてる。

まぁ、当たり前か。

そうだよね。そんなことを思う自分が嫌だった。

考えても見れば彼は私より10歳以上も年下のイケメンで、才能もあって私なんかじゃ釣り合わない。

「私、あなたより年上だしあなたの将来考えると一緒にいない方がいいのかもしれない」

そういう私に

「いや、俺ほんとはお爺ちゃんなんだよ。」

「はぁ?」

「何言ってんの?」冗談やめてと言いかける私に

「俺、心臓悪くてもぅ弱り切ってて、だから80歳位かもっと上のお爺ちゃんだからさ。」

あ、そうだったんだ。彼がなぜ入院してたかは聞かなかった。いや、自分の事聞かれるのが怖くて聞けなかった。

彼もまた私に何も聞かなかった。

そんな彼だからこそ心地よかったのかもしれない。

「だから、いつ死ぬかもわからない。爆弾抱えてるようなもんだから。

それに年齢なんて関係ないよ。どんなにきれいでもみんな年取ると姿は変わるでしょ。だけど、心は変わらないよ。

俺は優子の優しさとか心の中からにじみ出るものに魅力感じて好きになったから。」

「例えば優子が70歳だとしてもね。

70歳の人が恋をしたって、その気持ちは少女の様に美しいと思うんだよね。」

「だから一緒にいよう。」

泣きそうになった。

そう言って私の体を優しく包んでくれた。

「70歳よりだいぶ若いわ!」そうつぶやきながら

このまま時が止まればいい。

心からそう思った。

彼の心臓の話を聞いてから、彼と過ごす時間は本当に大切だった。

一緒にいると楽しくて恋しくてどうにかなりそうなくらい彼がいとおしかった。彼のためなら死ねるかもしれない。自分の中にこんな自分がいたのを初めて知った。怖かった。

そう、彼が死んでしまうことを考えると狂いそうになった。

だから家に帰る時、いつも泣いてしまう。

これが最期になるかもしれないと思うと涙が止まらない。

そんな私に彼は言った。

「あなたなんかいなくても生きていけるわよ。って言ってくれ。じゃないと俺、死ねないよ。」

黙ったままの私の頭を軽く「コツン」として笑っているのか、ため息ついているのわからない彼がいつもいた。

きっとこのままずっと彼と過ごしていける。

自分を納得させるようにつぶやいていた。

秋桜が風に揺れる頃、実家の母から電話があった。

「びっくりしないで聞いてよ。私、癌なんだって。あと3か月位なんだって。」

それ以上は何も言わず、ただ鼻をすする音だけが聞こえた。

幼いころから私を音楽の道へと行かせてくれるために働き続け応援してくれた母。

3か月って?

「私、実家に帰るわ。」

気づいたらそう言っていた。でも彼とも離れたくない。

気持ちの中に迷いを抱えながら

彼に母の状況を話した。

「そうなんだ。優子はきっと実家に帰るでしょ。もう決めているんでしょ。

優子はそういう人だから。後悔しない様にして」

何も言えなかった。本当は彼といたい。でもどうしていいのかわからない。

後悔?どうすることが後悔しないの?
わからない。

ただ、自分を生み育ててくれた母をほおっておくことはできなかった。

母と過ごす時間を大事にしながら1か月に1回彼に会いに行った。

幸いなことに彼は元気そうだった。

振り返ると精いっぱい元気なふりをしていたのかもしれない。

クリスマスが近づいたある日、ネット上に彼とかわいい女の子が一緒に写っている写真が掲載されていた。

あの時のかわいい子だ。どう見ても私よりはお似合いだ。

彼は今元気ならもしかしたら子供が欲しいのかもしれない。

彼の親だって、きっとそう思っている。

彼の将来のためには、私よりあの子の方がふさわしいのかもしれない。

どんどんマイナスの事ばかり考える様になった。

今、彼と一緒にいて、目の前で彼が死んでしまったらきっと私、生きていけない。それなら、少しずつ距離を置いて行った方がつらくないかもしれない。

母の看病もあって、彼とは会わなくなった。

彼から時々「大丈夫?俺の事は心配しなくてもいいからね」

という内容さえ、心配しなくていいって?

あの子がいるから?

なんて思うこともあった。

年が明けて寒い朝、母は亡くなった。

たまらなく寂しくて彼に電話をした。

「もしもし・・・」
かわいい女の子の声がした。

急いで電話を切った。涙が止まらない。

なんの涙かわからない。母が亡くなったこと?

そうだよね。もう自分でも訳が分からないくらい泣き明かした。

それから彼に連絡しなかった。彼からもなかった。

きっと今頃、あのかわいい子と・・・。

そう思うだけでまた泣けてきた。

私、こんなに泣き虫じゃなかったのに・・・。

桜の花が咲き始めた頃知らない女性から一通のメールが来た。

「迷いましたがお知らせします。

彼は年明けに亡くなりました。心臓発作でした。前日まで元気そうにしていましたが突然でした。でも本当はずいぶんしんどいのを我慢していたようです。

彼からはいつもあなたの事を聞かされていました。

優子は気持ちが優しくて本当にピュアで、でも、もろいところがあるから俺が死んだら生きていけないかもしれない。それが気がかりだと。

そう聞いていたので知らせるまでかなり迷いました。

でも、彼は最後まであなたの事を心配していたという事。

あなただけを愛していた事。

これを伝えなければいけない気がしました。

あなたの事を話す彼は幸せそうでした。

私がどんなに頑張っても彼の心の中はあなたでいっぱいでした。

あなたに嫉妬して、彼と仲良さそうに撮った写真をアップしました。

ごめんなさい。

彼の作詞ノートに

「桜並木の下で」というのがあります。

ノートの端に男女が仲良く手をつないで歩いている絵が描かれていました。

きっと優子さんと彼なのでしょう。

それを見てやはり私は優子さんにお知らせするべきかと思いました。」

彼の作った曲に

桜並木の下を一緒に歩こう

いつか・・・

という歌詞があった。

彼は、私に「春になったら一緒に歩こうな。」

と言った。

「映画のワンシーンみたいなこと言って・・・。それって結構あるパターンだよ。いまさら・・・」と笑いながら言うと

「でもやってみたいんだよね。俺、優子と。」

「仕方ないなぁ。じゃ春になったらね。」

彼は少年の様に嬉しそうに微笑んだ。

なんで、なんで今思い出すの。私。

もぅ遅いんだよ。

あれ?涙が出ない。あんなにいつも泣いていたのに。

どうして?

どうして?

泣けないよ。私。

だけど朝になると枕がいつもぬれている。

そんな日々が続いていた。

もうどんな男性を見ても何も感じない。

私の恋する気持ちはあの日から彼と一緒にどこかへいってしまったのか?

ただ、ひたすら仕事をした。

考える時間を作らないようにした。

あれから10年たってもやっぱり泣けない。

だって、彼が死んだ姿なんて見ていないから。

もしかしたらあの女の子が嘘のメールを書いたかもしれないから。

そうだよね?

嘘だよね?

彼が幸せに暮らしているなら、あの子と暮らしていても生きてる方がいい。

嘘の方がいい。

あれから10年。
ふと思った。

一人で歩いてみよう。桜並木の下を。

桜並木の下を歩く私を風が優しく包む。

あぁ、きっと今そばにいるんだね。

まだ心配してるんだね。

そろそろ言わないと安心できないんだね。

待ってたんだね。

「あなたなんかいなくても生きていけるわよ。」

そうつぶやいたとたん涙があふれてきた。

やっと泣けた。

やっと言えたよ、私。

桜の花びらがキラキラしながら私の肩に舞い落ちる。

「もぅ、これって映画のワンシーンみたいだよ。」

泣いているのか笑っているのかわからない私を、あなたは今包んでくれているんだね。

ありがとう。

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