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世界平和の一歩『鬱の景色①②』(心恵のブログより)1800字コラム

心恵の世界平和『鬱晴れの景色』

1⃣過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える(ニーチェ)



 鬱から晴れることは未来へのおもんばかりが変わることでもありました。 
 未来への不安がなくなったわけではありません。不安が生じたとき、その不安が注力を注ぐに値するようであれば、注力を注ぎ、備えるにはどのようにな行動をとればよいかを考え、そして不安をそっと手放し未来に希望や期待を描くことでした。 
 不安は、すっと離れて観るならば賢明さの種となり、また飲まれてしまえばついと出られぬ巨大なる油が塗られた壺となる。
 (失恋という喪失体験から立ち直り、自分を見つめなおす方法を知り、新しい景色を見れるようになるまでの心恵の物語を作成中です。怪奇SF古典小説としてつくっていきますので、よければみてくださいませ。)

2⃣鬱晴れの時間軸 


 鬱が晴れ始めたとき、それは例えるならば、雲間が晴れるようでも幼子がお話をしはじめるようでもあると思うようになりました。長く口を閉ざしてきた小さな子が袋にいっぱいになった贈り物を床に開けるように話しを始めることもあれば、『ママ』から始まり訥々とお話を始めることもあるものです。鬱が晴れるのもこのように、人様によってさまざまな色を呈すのでしょう。わたくしの場合は、あぁ晴れた、とそう強く感じたときがありました。しかし、それは完了形ではありませんでした。 
 雲間から太陽が出したときには明るさを感じて晴れたものと思うものですが、空を見ればまだ雲が天を覆うことを見ることがあります。わたくしにとって鬱から晴れ始めた状態というものはそのようなものでした。「やっと晴れた。」のではなく、明るさへの始まりだったのです。 
 また、鬱の幕開けたるや、いうなれば舞台のそれよりずっとゆっくりと静かにそれと知らぬ間に開かれるようなもの。そう、月が動くようなもの。星が天空を移動するようなもの。つまりホームページを切り替えるように即座世界がかわりゆくものではなかったのです。    
 これはすべてが幻に過ぎないはずのこの物理世界でありながら、肉体をもって生きるわたしたちにとってこの世の普遍かつ不変の真理のようであり、かつ生物として遺伝子に刻まれた根幹的な思い込みなのかもしれません。そう、思い込み。  
 物事はジョジョに変わりゆく。病はまだ目に見えず感じぬうちから始まり、また岩も大地もその形を万年を経て変えていく。  最近思いますのは、これは今までのわたしたち人類を支えてきた真理のようでありながら、この普遍的真理のようなものでさえも変わりつつあるのかもしれないということです。  
 今や大きなシャベルが大地を削り、破壊力のある爆弾をもってすれば瞬時にして姿を変えるのですから。たとえ、恒常性はなくともセロトニンという薬を体内に取り込めば今までの問題の解釈が盆をかえすように変わるのですから。
               ※
 万事解釈が決める。
 集合意識としての人類全体の物事への解釈、個人の解釈。 『解釈を方向づける無意識が変われば世界が変わる。』
 思考や感情の気づきを繰り返し、慈しみの心を育てることで小鳥の鳴き声はいよいよかわいらしく、空の光はますます明るくなりました。無論、まだどうしようもないときの狭間で迷子になることもありますが、以前よりずっと早く出口を見つけられ、ときに作ることができるのです。それもいくつも。

 わたくしという個人の無意識が変わり、それが集積すれば集団の無意識が変わる。わたくし個人の無意識が変わるとき、それは入れ子構造として、お隣の入れ子にあるわたくしと共通するところのある方の無意識が変わりやすくなる。
 つまり、個人が問題を解決し鬱から晴れ明るさを知り無量光の中へと進むとき、わたくしと共通するところの性質をおもちの近隣の方か2つ3つ隣の街の方か、それとも海を越えた異国の方が光増す方向へとより平な道に歩を進めるのでしょう。
 朝カーテンを開け、光を受けるたびに希望が増えていくのを感じる、そんな日の始まりは、もしかしたらいち個人ができる世界平和なのではないかと思った朝でした。
+++++++++++++++++++++++++++++さても今までは一体何であったのでしょうか。それも人生であったのでしょう。心の地獄を経験した、そういうことでしょう。恙なく、なだらかな土地を歩き緩やかに老いゆく人もいれば波あり俊峰ありの道を行く人もいるといます。わたくしは、暗闇ばかり悲しみのすすり泣きや底なしの寂しさ、それから希望の対局の湖に沈みゆく道、それから魑魅魍魎がひしめく井戸の底から続く道を通ったということでしょう。  
 カーテンを開けることは、疎ましい一日の始まり。地獄の幕開け。肌を刺しDNAを壊す紫外線のシャワー。そのような朝を積み重ねていたということなのでしょう。 
 そして今は。カーテンから入る明るさは今や光であり翳を照らすもの。陰を生みながらもそれをも温かく包み、希望と感謝を湧き起こす光を取り入れること。
 新しい積み重ねがあなた様にも届きますように。さぁ、一日が始まりました。素敵な一日となりますように。

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