La memoire de l'aile ~翼の記憶~
無事ブラウザをPCにインストールでき、noteへの投稿ができるようになりました。
さて、記事はブログ転載が多くなるかも、と書きましたが、折角のクリエイター向けのSNSなので、作品を掲載するのが良いのかも知れません。
何しろ舞台作品だけで(30分程のものがほとんどとはいえ)50作以上あるのです。
ですが。
noteはとてもデザインが良いと思っているのですが、戯曲向きとは言い難い。
ということで、まずは朗読用に書いた作品をピックアップしていきたいと思います。
「La memoire de l'aile ~翼の記憶~」は、人形作家 緋衣汝香優理さんの人形写真を元に書き上げた物語です。
緋衣汝さんの写真のスライドに合わせ、何度かイベントで朗読しました。
ダンスを中心としたパフォーマンスパートを作った時もあります。
DVD化のお話もあったのですが、緋衣汝さん私もマイペース過ぎて、いまだ実現に至らず。
死ぬまでには実現したいです(笑)
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遠い記憶。
現と幻の錯綜する光を浴びた、透明な空間。扉の軋む音。
木製の残響音が、僕の耳に谺を残す。
あの頃、僕らは中学校の授業をさぼって司祭館の二階の客間に忍び込んでは、チェスに興じたり、レコードを聞いたり、ベッドやカウチに寝そべって他愛もない冒険の計画や、途方もない将来の設計図を思いつくまま口にしたりして、午後の時を過ごしていた。
まだ世の中が理想のヴェールを纏って眼に映る、夢見がちな年代。
ロベールは理知的な瞳を持つ賢い少年で、画家の叔父から譲り受けたスケッチブックをいつも持ち歩いていた。
先生や大人たちに僕らのいたずらやエスケープがばれそうになった時は、彼の機転で難を逃れるのがいつものことだった。
彼のお気に入りは司祭館のバルコニーで、晴れた日にはよくここで絵を描いていた。
些か不良じみたレイモンは、仕立て屋の母親と二人暮らしだった。
彼らは10年程前、この町にやってきた。
父親は死んだのか、それとも家を出て行ったのかは誰も知らなかった。
物腰が乱暴なので恐れられていたが、心根は優しい少年だった。
きっと自分が家を守らなければならないという気持ちで、強がっていたのだろう。
甘えん坊のマヌエルはなぜかそんなレイモンに懐いていて、彼の後をついてまわっていた。
少し体が弱かったから、レイモンも彼を気遣って何かと世話を焼いていた。
気が弱い割には好奇心旺盛で、皆を驚かすような事件を起こすこともしばしばだった。
でも僕が一番惹かれていたのは、どことなくこの世の者ではないような超然としたところのある金髪の少年、フローランだった。
冷たい光を宿した薄青い瞳は、しばしば見えない何かを映しているかのように、虚空を見つめていた。
彼は音楽と本をこよなく愛し、皆が見守る中、慎重な手付きで蓄音機の蓋を開け、レコードをかけた。
ロベールとは芸術の話で気が合うみたいだった。
また、彼はよく人けのない穀物倉庫の階段に腰かけ、一人で本を読んでいた。
そんな彼を見つけると、僕は邪魔をしないようにそっと草陰に隠れて彼を眺めた。
彼の仕種の全ては、予め定められたかのように優美な軌跡を描いて、僕を魅了するのだった。
その日、彼は小鳥の死骸を手に、部屋に入ってきた。僕はひとりだった。
「どうしたの?その鳥」
僕は訊ねた。
僕たちが居たのはフローランが住んでいた司祭館の一階のサロンで、晴れた秋の日差しが窓から差し込んでいた。
孤児の彼は、遠縁の教区担当の司祭に引き取られ、司祭館の屋根裏部屋をあてがわれてそこで暮らしていたのだった。
「僕の部屋の出窓のところで見つけたんだ。おかしいと思わないか?そんなところで死ぬなんて。
何か僕に伝えにきたのかもしれない。そう思って僕はこいつを拾い上げた。
その途端、思い出したんだ。この鳥は僕だったんだ、ってね」
僕は呆気にとられた。
「その鳥が、君だって?」
「ああ、そうなんだ」
そう言って彼はくすっと笑った。
「信じられないだろう?だってこの鳥は死んでいるし、僕はこうして生きている」
「それに君は人間だしね」
僕は彼が冗談を言っているのだと思い、こう切り返した。すると彼は真面目な顔で答えた。
「そんな事は問題じゃない。ねえ、蝶は人間の魂が姿を変えたものだって言うだろう?」
「ギリシア神話かい?」
「そう。でも僕の魂はね、鳥なんだ。そして魂が死んでしまったら、肉体も死ぬ」
僕はますます狐につままれたような心地がしてきた。
「魂が、死ぬのかい?」
「魂は死なないよ。この世での仮の容れ物が駄目になるだけだ。別の容れ物を探さないといけなくなる」
「だって、鳥にだって魂はあるだろう?」
「これは鳥の姿をしているだけで、本当は鳥じゃないんだよ」
フローランは掌を開いた。
すると、そこにあった筈の小鳥の死骸は、跡形もなく消え失せていた。
「僕が死んでも、悲しんだりするなよ。在るべき所へ還るだけなんだから。あ、それと」
呆然としている僕を置いて戸口に向かいながら、振り返って彼は言った。
「君の魂も、鳥なんだ」
それが、僕に向けた彼の最後の言葉だった。
フローランはその夜、眠るように亡くなった。
心臓発作だった。
空ろな心を抱えて、僕はあくる日を過ごした。
周りで何が起こっているのかよく分からなかったし、何をするべきなのかも分からなかった。
だた、全てが非現実的だった。
その翌日、葬儀のミサが行われた。皆は聖堂に集まった。
二階席からのパイプオルガンの響きが、聖堂内を満たし始めた。
オルガンが一番よく聞こえる、聖歌隊席の一番端がフローランの特等席だった。
その席が空いているのが眼に入った。
「フローランはどうしたんだろう」一瞬、不思議に思った。
でもすぐに、彼はもう帰ってこないんだ、と気づいた。
祭壇の前に置かれた小さな棺のまわりに立てられた、沢山の蝋燭の炎が一斉に滲んだ。
胸が焼けるように熱くなり、何かが堰を切ったように溢れ出した。
一晩中、僕は泣き続けた。
それから数ヶ月が経った。木々は芽吹き、花々が開き始め、暖かい風が春の訪れを告げていた。
そんなある日のことだった。
家の用事で司祭館を訪れたマヌエルが「フローランの姿を見た」と言い出したのは。
彼は、司祭館の螺旋階段を上ってゆくフローランを見たという。
数日後、授業を終えた僕らが帰り支度を始めた時、「フローラン!」と叫ぶマヌエルの声が聞こえた。
見ると彼は教室を飛び出し、林の方へと駆け出していった。
僕らはすぐに後を追ったが、もうマヌエルの姿は見えなかった。
僕らは手分けしてマヌエルを探した。
林の奥の廃屋でマヌエルを見つけたのはレイモンだった。彼はぼんやりと柱にもたれて座っていた。
「おい、どうしたんだ。フローランが生きている筈ないだろう。それとも、幽霊でも見たっていうのか?」
強い口調で、彼はマヌエルを窘めた。
「分かってるよ。でも確かに、フローランに見えたんだ」
「幻覚だ。気が昂っているんだよ。最近、よく眠れないんだろう?」
それでも納得しないマヌエルの強情さに折れ、レイモンは彼について廃屋の塔の中まで入っていった。
当然のことながら誰の姿も見当たらず、マヌエルもようやく戻ることに同意した。
それ以降、マヌエルがフローランの名前を口に出すことはほとんどなかった。
だが時折、物思いに耽りながら林の中や穀物倉庫の辺りに佇んでいるマヌエルの姿が見受けられた。
季節は巡り、中学校を卒業した僕らは滅多に会う機会もなくなっていった。
僕は大きな町にある、全寮制のリセに入った。
数年後、久しぶりに故郷の町へ帰った僕は、自分の部屋の本棚の片隅にフローランの好きだった本を見つけた。
亡くなる少し前、彼はこの本を僕に貸してくれたのだった。
どうにか通常の生活を取り戻してからも、悲しみが深すぎて、僕は彼の思い出の詰まったこの本を手に取る気にはどうしてもなれなかったのだ。
懐かしさで胸がいっぱいになり、僕は本を手に散歩に出かけた。
知らず知らず、足はフローランの好んだ穀物倉庫の方へ向いていた。
フローランと同じように倉庫の階段に腰掛け、僕は彼のことを思いながら本のページを繰った。
どれくらい経っただろう。人の気配を感じた僕がふと眼を上げると、そこにはこちらを見ているレイモンの姿があった。
「君か!」
「何だ、帰ってたのか」
懐かしそうに笑顔を見せ、彼は近寄ってきた。
「驚いたよ。一瞬、奴じゃないかって思って」
彼が言うのはもちろん、フローランのことだろう。
「だって、似てないだろう?」
「でも、そう見えたんだ」
レイモンの言葉は、どこかで聞いたことがあるような気がした。
「タバコなんか吸うのか」
「お説教か?君らしくもない」
「いや、お前もやっと大人の嗜みってものを覚えたのかと思ってさ」
軽口を叩きながらも、僕らはお互い同じ事を考えているのが分かった。
「レイモン、君はなぜここに来たんだい?」
「急に、フローランのことを思い出したんだ。そうしたらいつの間にか、ここに来てた」
「そういえば、マヌエルはどうした?」
「あいつか。卒業してしばらくは家を手伝っていたが、そのうち親父さんの知り合いの時計職人に弟子入りすることになって、町を出て行ったよ。
もうすっかり体も丈夫になったみたいだ」
「そうか。ロベールは美術学校だしな。君は相変わらず、お袋さんの手伝いかい?」
「ああ。でも俺も、いずれはちゃんとした工房に入るつもりだ。
それはそうと、フローランが死んだ後お前が言ってたことが、俺はずっと気になってたんだ」
「僕が?何を?」
僕は驚いた。フローランの死んだ日にどうしていたのか、記憶はほとんどない。
「フローランは鳥になったんだ、って言っていた。あれはどういう意味だったんだ?」
「・・・・・・彼は死ぬ前、僕に言ったんだ。僕の魂は鳥だ。君の魂もそうだ、って」
「何かの比喩か?それにしても文学的だ。奴らしいな」
僕は周りの景色に眼をやった。相変わらず人けはないが、風景は様変わりしている。
幼い頃慣れ親しんだレンガ造りのサイロは消え、金属製のサイロが日の光を反射していた。
「別の容れ物を探す、か」
呟いた言葉をレイモンが聞きとがめた。
「別の容れ物?何のことだ」
「魂の容れ物が駄目になったら、別の容れ物を探すんだって、フローランが言ってた」
怪訝そうな顔をするレイモンにお構いなく、僕は農場の入り口の方へ歩いていった。
そこには鉄の扉のある門がある。
扉を開け、外に出た。
ふと、僕の視界の端を横切るものがあった。
それは、空に羽ばたく一羽の小鳥だった。
嘴の長い、茶色の小鳥。
あっと思う間もなく、その小鳥はまっすぐに僕のシャツの胸ポケットに飛び込んできた。
一瞬の出来事だった。
その動きは、予め定められたかのように優美な軌跡を描いていた。
僕はポケットの中を探り、小鳥に触れた。死んでいるのは見なくても解った。
途端に、記憶が流れ込んできた。
翼の、記憶。
追いついてきたレイモンに、僕は言った。
「僕が死んでも、悲しんだりするなよ」
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