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自己紹介②🌼大学受験〜大学生

こんにちは!
淡路島在住、自分に素直に生きるフリーランス
ゆりゆりです🌼

"自分に素直に生きる"と言っても、
元からそうだったわけではなく
(赤ちゃんの時は別として)、

いろんな出逢いや氣づきや行動があって、
大きく変化して、今があります🌿🫧

公務員を辞めてもうすぐ2年。
・なんで公務員になったの?
・なんで公務員を辞めたの?どうして辞める決断ができたの?
・これからはどうしていくの?
など、

前回から、自己紹介をしています。
↓①幼少期〜高校生も、みてみてくださいね。

何か氣づきやきっかけになりましたら幸いです♡
リアクションも嬉しいです♪

大学受験

高校生の頃、
好きなことをしながら楽しく生きる人生、
フリーランスという自由な働き方に憧れを持ちつつも、
どうすればいいかわかりませんでした。

まだその時は、スマホも持っていない時期。
東京に行かないとそんな仕事はできないと思っていたし、
行ったところで、そんな働き方が本当にできるのか自信もありませんでした。

"親が喜ぶことでないと意味がない"と思い込んで生きていたので、
(親は、私が地元で働くことと、安定した仕事に就くことを願っていました)

当時興味のあった、食べ物の勉強をしたとしても、
地元福井で働くなら、できることは限られている。
病院で働くのも、福祉施設で働くのも、なんか違う。

最初は親の意見に反発し、「進学して、就活中に、どさくさに紛れで上京しよう」と目論んでいたころもあります。
でも、高3の秋に父が倒れ、「いつどうなるか分からない」状況になったことをきっかけに、
「変なことを企んでいたからこうなったんだ。親の近くにいよう。」と思うようになりました。
(あれから10年以上経ちますが、父は多少の障害はあるものの元気に暮らしています。)

そのとき、ピンときたのが、「高校の家庭科の先生」でした。
私が通っていた高校は、家庭科の先生だけの部屋があって、
そこに暮らしに関する面白そうな本がたくさん置いてあって、それが楽しそうに見えたんです。

自分の好きな空間で、好きなことを教えて生きていくのなら、できるかも。
親の意にも沿っているかも。
そう思いました。

でも、フリーランスになることも、
心のどこかで諦めてはいませんでした。

何かチャンスがあったときに、フリーランスにもしなれたとしたら、
とにかく、苦手な人前で話すことには慣れておいたほうがいい。
教育学部なら、人前で話すことには強制的に慣れさせられるはず。一緒に乗り越える仲間もいるはず。

教育学部に入ってみて、先生になりたいと思ったらなればいい。
なりたくないと思ったら、大学生のうちにやりたいことを見つければいい。

そんな軽い気持ちで、
高3の年末に急に進路変更。

自分の自由な将来のために頑張れていた勉強は、
もぬけの殻のようにやる気がなくなりました。
(箱根駅伝をぼーーっとほとんどすべて見て、年末年始を過ごしました。笑)

大学生

大学に入学したものの、周りは先生に本氣でなりたい人たちばかり。
周りとの温度差から逃げるために、吹奏楽部での活動を楽しみました。
それでも、
人前で喋れるようになりたい、何か自分で企画できる人になりたい、という思いはあったので、
そこは積極的に頑張っていたほう。

そんななか、
ブラックすぎる教育現場にはいたくない、
そもそも子どもが得意ではない、
という点から、
教員になるのはあっさりと辞めることにしました。

でも、大きなチャレンジをするのは怖かった。
そして、
「親に学費を出してもらったんだから、一旦は親が安心するところに就職しなければ。そのあとは自分の稼いだお金だから好きなことにチャレンジしてもいいだろう。」
と思い、事務系の公務員になりました。

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