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夢のうき世の、うき世の夢の

作曲年/2019
編成/狂言謡(二名)、地歌(二名)、テノール、バリトンと三味線
テキスト/隆達小歌より数首
演奏時間/約27分
国立劇場の委嘱により、「日本音楽の流れ Ⅲ —三味線—」のために作曲

English title: of the world under a dream, or of a dream under the world...
Year of composition: 2019
Instrumentation: Kyogen-utai×2, Jiuta×2, tenor, baritone, and shamisen
on the several poetries from 'Ryutatsu Kouta' by Takasabu Ryutatsu
duration: approximately 27 minutes
commissioned by Japan National Theatre (Japan Arts Council); performed at The History of Japanese Music Ⅲ -Shamisen-



作曲ノート

 《夢のうき世の、うき世の夢の》は、 三味線音楽の源流である「うた」を大きなテーマとし、 うたと器楽の「あわい」、中世と近世の「あわい」に思いを馳せ、そこに現代的な視点をも加えるようにして、三つの声(狂言謡、地歌と声楽)
と三味線のために作曲した。テキストには、隆達小歌より選んだ以下の歌を用いている。

あら 何ともなの うき世ぢゃの
つれなれかれし なかなかに つれなれかれし
うき世は夢よ 消えてはいらぬ 解かいのう 解けてとけてとかいの
夢のうき世の露の命のわざくれ なり次第よの 身はなり次第よの
何ともなればならるる物を とやしら かくやしら ああただ ああただ
花よ月よと暮らせただ 程はないもの 浮世は
月よ花よと暮らせただ 程はないもの 浮世は
月よ花よと遊ぶ身でもな あただ うき世を捨てかねる
泣いても笑ふてもゆくものを 月よ花よと遊べただ
おもしろの春雨や 花の散らぬほど降れ
おもしろの春雨や 花の散らぬほど降る

 制作担当の方の提案で読み始めた隆達小歌集であったが、一度読み終えた時点では、その面白さがいまいちわからなかった。恋の歌が多いのもあって、私にはあまりに通俗的に感じられてしまったのだ。それでも、毎日のように声に出して読み、同時に、隆達小歌について研究された資料に目を通すことを続けていると、三周目を読み終えるころ、歌の背後に中世の庶民の気持ちが透けて見えるような気がしてきた。内容の多くが恋の歌を占めるのも、それが当時の庶民にとって如何に切実であったかを示しているのであろう。よくよく考えると、いまも、いわゆる流行りの歌は恋の歌ばかりだ。

 そうして、数多の歌のなかから先述の歌を選りすぐった。いつの時代も人々が抱える、普遍的な問いのうえに生まれた歌たち。キーワードは「浮き世」である。選歌の理由は他にもいくつかあるが、対になっている歌は意識的に選んだ。隆達小歌集をながめていると「花よ月よ」「月よ花よ」の歌のように、語順を入れ替えただけの別の歌が、対になって収録されているパターンを多く見つけることができる。二つの対象を入れ替えて歌が成立するということは、二者が同等であり、且つ、相互に関連するということだ。この気づきが、私に具体的な作曲のイメージを与えてくれ、《夢のうき世の、うき世の夢の》というタイトルを付けるに至った。夢から浮き世を見るのと、浮き世から夢を見るのは同じこと。夢の中に浮き世があり、浮き世の中に夢がある。『生の中に死が、死の中にも生があり、それらが眼差しを送りあっている』(内藤礼)、夢と浮き世の「あわい」の状態が、うたと器楽の「あわい」、中世と近世の「あわい」と重なった。

 楽曲の全体は、序破急を念頭に置き構成した。先述の歌のうち、小歌にあたるものは主に狂言謡に、草歌にあたるものは主に地歌に割り当てられているが、両者は相互に働きかけ、最後には同じ旋律を歌う。声楽は主に、三味線の絃の余韻を強調するような役割を担う。歌がうたい三味線が伴奏し、歌が伴奏し三味線がうたう、隆達小歌の「あわい」の世界を、此処に感じていただけたら…。

日本の作曲 2010-2019(サントリー芸術財団出版)に選出
(p93に批評掲載)
www.suntory.co.jp/sfa/music/publication/pdf/composition2010-2019.pdf


使用テキスト

あら 何ともなの うき世ぢゃの
つれなれかれし なかなかに つれなれかれし

うき世は夢よ 消えてはいらぬ 解かいのう 解けてとけてとかいの
夢のうき世の露の命のわざくれ なり次第よの 身はなり次第よの
何ともなればならるる物を とやしら かくやしら ああただ ああただ

花よ月よと暮らせただ 程はないもの 浮世は
月よ花よと暮らせただ 程はないもの 浮世は
月よ花よと遊ぶ身でもな あただ うき世を捨てかねる
泣いても笑ふてもゆくものを 月よ花よと遊べただ

おもしろの春雨や 花の散らぬほど降れ
おもしろの春雨や 花の散らぬほど降る

「隆達小歌集」より

Performance history
(As of 15 August 2022)

2019年6月8日 - 世界初演
国立劇場 6月邦楽公演「日本音楽の流れ Ⅲ ー三味線ー」
@国立劇場小劇場(東京都千代田区隼町4-1)
演奏/善竹富太郎(狂言謡)、大藏基誠(狂言謡)、岡村慎太郎(地歌)、田中奈央一 (地歌)、松平敬(バリトン)、金沢青児(テノール)、本條秀慈郎(三味線)
www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2019/6137.html?lan=j

[broadcast] 2022年4月18日 via NHKラジオ第1、NHK-FM
ラジオ深夜便〜にっぽんの音
演奏/善竹富太郎(狂言謡)、大藏基誠(狂言謡)、岡村慎太郎(地歌)、田中奈央一 (地歌)、松平敬(バリトン)、金沢青児(テノール)、本條秀慈郎(三味線)
2019年6月8日開催、国立劇場 6月邦楽公演「日本音楽の流れ Ⅲ ー三味線ー」での
演奏より抜粋。
www2.nhk.or.jp/radio/pg/sharer.cgi?p=0324_07_3775968


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