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屋上で金網を背に独り煙草 背後で囁く「こっちにおいでよ」 (物語18) #ホラー短歌

これは私の勤める職場のAさんから聞いた話です。
当時、新入社員だったAさんは、慣れない仕事で失敗ばかりでした。悪いことに、上司は「新人潰し」の異名をとる有名人。最初は耐えていたAさんでしたが、上司の執拗な嫌がらせに、心身は次第にボロボロになったそうです。唯一安らげたのは、上司の目を盗み、狭く人気のない屋上で、隠れて煙草を吸うことだけでした。
そんなある日。上司の機嫌がすこぶる悪い日があり、いつも以上にAさんに辛く当たることがあったそうです。関わりたくないので、周りも目をそらすばかり。上司が昼食に出たタイミングで、Aさんは重い気持ちで階段を上がり、屋上に向かいました。立っている気力もなく、金網に寄りかかり、腰を下ろしました。そしていつものように、煙草に火をつけようとしました。すると突然、背後から湿ったような風が吹き、火が消えてしまいました。
その嫌な感じの風が吹いた時、背後から、囁くような、でもやけにはっきりと、こんな声が聞こえたそうです。
「……こっちにおいでよ……」

後にAさんが同僚から聞いた話では、どうやら少し前に、金網を越えて屋上から飛び降りた社員がいたそうで、そのことを知っている他の社員は、気味悪がって屋上に寄り付かなくなったとのこと。
もしかしたら、あの声は、同じ境遇のAさんをあの世へと誘う声だったのかもしれません。

(これは創作怪談です)

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