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ケムリクサの商標からみる権利の取り方


ケムリクサの商標という面白い題材があったので、創作者の権利をどう守るか、ケムリクサの商標と絡めてまとめてみようと思います。

ケムリクサ商標の経緯

アニメ「ケムリクサ」の商標に関して、出願者が拒絶理由通知書を受け取ったのが令和1年(2019年)8月9日です。

Screenshot_2021-05-11 経過情報照会|J-PlatPat [JPP]

この商標については、拒絶理由が第4条第1項第15号(商品又は役務の出所の混同)ですが、特許庁側は「ケムリクサ」と「たつき監督」の帰属関係を明確に認めているため、拒絶理由の解消は極めて容易です。拒絶されてしまった願書を見ると、出願人が「出願人 東京都渋谷区 (515225574) ストロベリー・ミーツ ピクチュアズ株式会社」となっており、確かにこれだけでは出所が不明です。

Screenshot_2021-05-11 経過情報表示|J-PlatPat [JPP]2

任天堂の有名な商標である「ポケモン」の場合は代理人を立てており、その商標権者はゲームフリークなのでこのような形式を特許庁は望んでいるのでしょう。

Screenshot_2021-05-11 経過情報表示|J-PlatPat [JPP]

ポケモンの商標


拒絶理由の解消

手っ取り早く拒絶理由を解消するには、再度出願しなおすことです。たつき監督またはirodoriが出願人、ストロベリー・ミーツ ピクチュアズ株式会社が代理人となれば良いでしょう。また、審査官に直接問い合わせることで、審査官が納得する書類等を聞き出せれば、委任状のようなもので解消できるかもしれません。


ケムリクサの商標登録はいつでもできる

今回の件でケムリクサの商標としての知名度はむしろはっきりしました。今後はたつき監督の気が向いたら出願すれば良いのです。確実にとれます。面倒ならとらなくても良いです。商標は特許と異なり、新規性がなくても、また先願でなくても、「状況に応じて」権利が付与されます。つまり、国内で「ケムリクサ」がたつき監督作品であると周知され、紛らわしいものがなければいつでも申請しなおすことができます。

先願(先に出願)しても、権利者であると認められなければ商標は認められません。このあたりは、日本の特許庁は世界的に見ても極めて厳しく審査しており、中国のように簡単にとれるものではありません。(その分遅いんですが)

いつでも商標登録できるブランドはむしろ稀

もしもあなたが商標を取ろうとしているなら、ケムリクサのように悠長なことはできないかもしれません。ケムリクサは、商標を出願した時点で、商標として有利な点を持っていました。

・「ケムリクサ」という語自体がほぼ新語で紛らわしいものがない
・「ケムリクサ」という文字列で、地球で一番最初に有名になっている
・「ケムリクサ」という作品と作者との関係が有名である

もしもケムリクサがヒットする前(周知の名称になる前)にだれかが勝手に「ケムリクサ」という名前で別のサービスを展開して、なおかつそちらが先に有名になったりすると申請は拒絶されます。

ブランドを守る手段は二つ

ブランドを守るためには二つの方法があります。
先手:商標登録
後手:不正競争防止法違反で訴訟
それぞれ一長一短あり、コンテンツの性質とあわせて考える必要があります。

商標登録の利点と欠点

商標登録すると、商標登録した「ブランド(名またはマーク)」を特定の分野から排除できます。区分は大きく分けて45区分あり、商標登録の際に分野を指定します。詳しくは特許庁の発行している商品・サービス国際分類表
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kokusai_bunrui/document/kokusai_bunrui_11-2021/all.pdf
をご覧ください。全部で748ページありますが、区分の説明は55ページからです。

商標区分

商標登録する利点は、特定の分野で商標登録していた場合、不正使用そのものが過失認定されるので、単に訴訟を起こすだけで勝てるという点です。後述する不正競争防止法でも勝負できますが、証拠集めは自分でやる必要があります。商標は独占権なので、商標権が侵害されたという事実のみですぐ訴訟に持ち込め、かつほぼ勝てます。

さて、商標登録する欠点ですが一番は費用です。商標登録手続き自体は結構簡単で、個人でも勉強すれば出願手続きができます。電子申請が主流で手続きも早く、しかも申請時に電子申請ソフトが簡易な書式チェックをやってくれるので楽です。紙送付でも受け付けてくれますが、申請者も特許庁側も面倒が多いです。ここでは電子申請で最低限の費用で登録する場合の費用を算出します。申請の経過によれば
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2018-109448/68F3E16F805D26C54EA7EB6FBC95F0AB0BC5DB41ECA6C6D78974776158384108/40/ja

Screenshot_2021-05-13 商標出願・登録情報表示|J-PlatPat [JPP]


区分数6で申請しているため、減免措置などを使っていなければまず
出願料として3,400円+(区分数×8,600円)
3400+(6×8600) = 55000 円を申請時に支払います。
拒絶査定がなければ、さらに登録料を支払って無事商標として有効になります。登録料の支払い方は2通りあって、5年分か10年分かどちらかを支払います。
前半5年分のみを支払う場合、
16,400円×区分数
16400 × 6 = 98400 円を支払います。

これは安いんでしょうか、高いんでしょうか?
訴訟前提であれば、必ず権利を守れるという意味では高い費用ではありません。
でもこれ、いつまで払うんでしょうね?
ケムリクサのように一期完結でグッズ展開もあまりしないのであれば、商標の管理自体がお荷物になる可能性もあります。商標権を存続させる場合、この後5年後までに後半分の98400 円を支払います。
商標権の効力は10年で切れますが、そのつど更新登録をすることで無限に延長できます。
10年後に更新すると、前半分だけでまた
区分数×22,600円 = 135600 円です。
ちなみに、10年分まとめて払った方がお得ですが、10年後まで商標に価値があるかどうかはわかりません。
15年後にまた135600 円を支払います。

商標費用1

商標はどんどん増える

irodoriは今後もアニメーション作品を出してくれると思います。あの会社はちょっと製作ペースが速いので予想がつきませんが、とりあえず5年毎に新作を出してくれると考えます。すると商標の支払いは5年毎に増え、維持費用も累積していきます。区分数6の商標を5年毎に取得した場合、2050年には登録、維持費含めて92万9800円を支払うことになります。一作品またはシリーズを長々と展開していく場合は、商標登録しておいても元が取れるでしょう。

商標費用2

この時点で、支払いは累計369万8200円です。グッズ展開をしてがっぽり儲けるのであれば、商標で権利を抑えていくのもいいでしょう。でも、作品をたくさん作って放映料で売り上げを上げるのであれば、この支払いは無駄です。

このように、新作をバンバン作っていこうという会社にとっては、商標はお荷物になりうるのです。加えて、グッズ等で儲けるつもりがなければ、ただの負債になります。

不正競争防止法の利点と欠点

不正競争防止法は後手になりますが、事案がなければ一切費用がかからないという利点があります。

一方で、欠点はいざ訴えるとなると権利者側が大変であるという点です。
不正競争防止法で立件・勝利するためには、
・ブランド名が有名である
・ブランド名の使用が消費者に価値の誤認を与える
・ブランド名の使用に故意または過失がある
を原告側が立証する必要があります。

実は、ケムリクサの場合あまり大変じゃないかもしれません。
「ケムリクサ」の場合、
・特許庁が認知するほど有名
・唯一無二の映像作品の名前を勝手に使うのは詐欺そのもの
・有名作品の名前を勝手に使うのは故意そのものだし、これほど有名な名前をうっかり使ったのなら過失も大きい

ので、訴訟を起こした場合には高い確率で勝利できますし、損害賠償請求も容易です。

ちなみに、商標登録していた場合は、不正使用そのものが過失認定されるので、単に訴訟を起こすだけです。裁判は上記3条件を訴えられた側が否定することから始まります。つまり、訴えた時点でほぼ100%勝てるという戦術上の有利があります。


まとめ

まとめです。

・商標登録すると長期的なコンテンツ展開では有利だがコストがかかる
・商標登録しないならコストはかからないが、不正を訴えるには手間がかかる
・ケムリクサの場合、いつでも商標はとれ、現時点で無理にとる必要もない

以上です。



参考文献

知的財産ライセンス契約

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