ふにゃふにゃの別居

あぁ、愛しの君よ。あなたはどうしてそんなにも美しいのか?

あぁ、愛しの君よ。あなたはどうしてそんなにも愛らしいのか?

あぁ、愛しの君よ。あなたはどうしてそんなにも可憐なのか?

あぁ、愛しの君よ。ずっとそばにいましょう……。

これは悲劇か。それとも喜劇か。
ある男と女の逢瀬の物語である。

男は毎日この時間になると雑居ビルの一室にやってくる。
女は毎日この時間になると男が来るのを今かと待っていた。
男女は相思相愛だった。短い逢瀬の間は誰も邪魔できるような雰囲気ではなかった。
誰もがうらやむような関係ではあった。

しかし、世界は男女の仲を切り裂こうとしていた。
このふたりが一緒に暮らすことはかなわぬ夢であった。

男には生涯を誓った存在がいる。
女は子がいた。

それでも、ふたりは愛を確かめ合う。
時間は決められていた。場所も決められていた。
この雑居ビルの一室で、短い時間だけ一緒にいることが許された。なんなら資産を支払う必要すらあった。
そんなふたりの関係を監視する者もいる。

「あの人、また来ているわね」
「ここのところ毎日来ているし、よほどハマったのかしら」
「それはいいのだけど、あの様子はちょっと……」
「いいじゃない。愛のカタチはいくつもあるものよ」

監視者である女二人は、ガラス越しに逢瀬の様子を見ていた。
男の手は女の背、頭を撫でる。
女は心底嬉しそうに目を細める。

このひとときだけふたりの間に邪魔をするものはない。
思う存分愛し合うことができた。

不意に鐘がなる。電子的な鐘がなる。時間だった。

鐘の音を聞いた男は、名残惜しそうに立ち上がる。
女は目を大きくし、全身を使って悲しみを表す。

時間厳守であるこの空間。男は名残惜しそうに立ち上がる。
すまない、ここから連れ去ることができたならいいのに……。
私の不甲斐なさを許してほしい。

女は心底さみしそうに体を寄せる。それしかできないとわかっていながらも。
もっとそばにいることができればいいのに。
私を連れ去ってくれたらどんなに嬉しいか……。

「今日もありがとうございました」
男は、監視者二人に礼を述べる。時間は決められていたと言え、一緒にいられたのは彼女らのおかげだ。
「もうふたりの世界でいたね。お迎えを考えてみてはどうですか?」
「いや、うちのが許してくれなくて……」
「あの子、あなたがいなくなると寂しそうにしているのですよ」

男はふとガラス窓の向こう側を見る。女がこちらを見てにゃあ、と鳴いた。


文章が面白いと思ったらサポートをお願い致します。頂いたお気持ちはほねっこの購入資金になります!