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初夏のSF短編まつり

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初夏のSF短編まつりに参加いただいた作品をまとめました。 お題は 「植物のある風景」 もしくは 「サイバーパンク」です。
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2022年6月の記事一覧

「その種族の名は」 梶原一郎

「その種族の名は」 梶原一郎

 これでもう150冊目か。日記もこれだけ書くと中々に立派な気がする。と言っても大したものじゃない。本当に趣味の範疇で、些細な日常の変化をアナログな方法で、確実に後世に残せる方法として書き綴っている。

 趣味、と言ったのは本来の僕の仕事はこのドーム内に広がる、地球から採集した草や木や花……それらの植物をしっかりと枯らさない様に繁殖、培養し経過を記録する事だ。丁寧に育てて、愛で、どんな変化があるのか

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「遺物(ゆいもつ)」 渋皮ヨロイ

「遺物(ゆいもつ)」 渋皮ヨロイ

「今年はちょっと辛口だったかね」
 去り際にも同じようなことを言って義父は手を振った。先ほどまで義母お手製の梅酒を一緒に飲んでいた。とは言ってもガラス製のお猪口で一杯味見をしただけで、滞在時間は三十分にも満たない。
「今度、ぬか漬け持ってきます、最近、始めてみたんだよね」
 義父は玄関先でまだ何か言い足りないように続ける。そうしながらも少しずつ後ろへ退いていく。私は礼を言って、玄関のドアをゆっくり

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「来迎図」 若生竜夜

「来迎図」 若生竜夜

 砂色の丘を廻り、かわいた小径のたどりつく先。冷たい湖の島に、あなたはたたずんでいる。灰色の幹のあなた。たくさんの枝を揺らすあなた。
 あなたはいつも、枝先から走る火花にキラキラしている。陽光のようにも、月光のようにも、静かに降る星の光にも似た、電子の火花。わたしは今日も小径をたどり、きらめくあなたに会いにゆく。そうしてあなたと得る赦しを、迎えにくる船を、待ちわびて岸辺に立ちつくす。
 ひとしきり

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「セルロースの娘」 須藤古都離

「セルロースの娘」 須藤古都離

 私がマウリグ工業団地を一夜にして廃墟にしてしまったのは、十二歳になったばかりの頃だった。港湾近くにある交通の要衝として古くから栄えた都市の工業団地であり、私の両親も物流会社の倉庫で働いていた。なんでこんなことになってしまったのか、いまでも理由は分からない。工業団地は真夜中に突然現れたジャングルに飲み込まれてしまったのだ。まるで火山からマグマが噴出するように、大地を覆っていたコンクリートは生えてき

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「お前の人生の成果物」 子鹿白介

「お前の人生の成果物」 子鹿白介

〝お疲れ様です。お前は大企業の技術部門で定年まで勤めましたね。社内評価のためコスト削減を最優先に取り組んだ結果、会社は技術力を失い、ブランドイメージは消滅しました。貢献度D。お疲れ様でした〟

〝お疲れ様です。お前は主婦として三人の子供を成人まで育て上げましたね。その誰も子供をもうけることなく、人口維持には寄与しないようです。貢献度C。お疲れ様でした〟

 人生最期の瞬間、人々の脳裏では声がする。

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「植物たちの方程式」 八川克也

「植物たちの方程式」 八川克也

 小生、サボテンである。
 小さな鉢に植えられたメロカクタスという品種で、観葉植物をしている。
 サボテンが何故話なぞしているのかと問われても、それにはとんと見当がつかぬ。気がつけば小生はこのように思考していたし、宇宙船に乗せられていたのだから。
 そう、ここは宇宙である。
 どうやら輸送船の中のようで、小生はコクピット兼メインデッキとなる狭い部屋の一角に、乗組員の心を癒すために置かれていた。
 

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「フェンス」 横山 睦(むつみ)

「フェンス」 横山 睦(むつみ)

 果てしなく落ちる夜のスピードは透明な色でした。
 灰色や黒色ではありませんでした。桃色と水色と紫色を混ぜて薄めたような初恋に似ていました。重力を失って太陽が沈もうとする夕暮れの空に投げ出された感覚です。
「何かに捕まらなくちゃ」とミキは手を伸ばしました。
 太陽が沈むと星が見えない夜がこの街にやってきます。このままでは永遠に宇宙を漂ってしまうと思ったからです。ミキは怖くありませんでした。怖くない

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「ユグドラシルはバロメッツの夢を見るか」 だんぞう

「ユグドラシルはバロメッツの夢を見るか」 だんぞう

 屹立する巨大な木の根に囲まれ曲がりくねった通路。
 その天井は高くはあるが、大樹の幹であり空は見えない。
 床は湿り気を帯びた腐葉土で、仄かに発光しているのは腐敗菌の分解による副産物だ。
 そんな薄暗い迷宮をワンピースのような薄衣一枚羽織っただけの少年少女たちが一列になり黙々と進んでいる。人種は様々、年の頃は十代後半。
 ふと一人の少女が隊列を外れ木の根を登り始めた。白髪碧眼の美しい少女。何人か

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「最強」 はまりー

「最強」 はまりー

 T拘置所の前に着いたときには雨は本降りに変わっていた。運転手が気を利かせて玄関のすぐそばまでタクシーを寄せてくれたが、庇に辿りつくまでのほんの数歩で皮靴の底に水が溜まる勢いだった。災害レベルの大雨だ。
 わたしを驚かせたのは雨の勢いではなく、無遠慮に焚かれたカメラのフラッシュの方だった。庇の下にはずらりとマスコミがならび無数のマイクをこちらに突き出している。誰もが叫んでいるが雨の音に掻き消されて

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