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良い文章を生むのは

 眠れる龍が目を覚ましてしまった。
何の前触れもなく、唐突に。
これまでの人生で一度は捕まるも、なんとか逃げおおせたと思ってきた。
しかしまたもや、この一大事に見舞われるとは。

 インターネットでその魔物を調べ尽くす。
「手術」「切開」「入院」等物騒な文言と一緒に、目を覆いたくなるような症例写真が並ぶ。
恐ろしい。
最後の望みを託し、某有名な市販薬〇〇〇〇ー〇を使用したが効果はなかった。
自然治癒する見込みは限りなくゼロに近い。
あぁ、病院なんて行きたくない。
でももうそんなことを言っている場合ではない。
痛い。とにかく痛い。座れない。
私に残された在り方は、立つか、横たわるか、中腰かの三択。
在宅ワークや文章をちょびちょび勉強している身にとって、これは大きな痛手である。
あまりの痛みに、この三日間在宅ワークから離れたほどだ。
とうとう観念した私は、朝、笑顔で娘の幼稚園バスを見送ったあと、事前に調べ上げておいた病院へと車を走らせた。
尋常ならざる痛みに耐えながら。

 小ぢんまりした病院は、年配者でごった返していた。整形外科の専門でもあるからだろう。
「初診です」
 そう申告し、問診票を書く間「席がいっぱいでごめんなさいね」と謝られた。でも、私にとっては好都合だった。
書き終えて受付へ渡すと、そこ空きましたよ!ほらほら!と善意から席をすすめてくださる看護師さん。
私は消え入るような声で、切々と訴えた。
「痔なんです。お尻が痛くて座れないんです」
 看護師さんはハッとした顔をするやいなや、すぐさま私を引っ張り、空いている検査室のベッドに寝かせてくれた。
雨と風が、窓を叩く音がする。午前中だというのに、窓の外は薄暗い。
「私洗濯もの外に干したまま来ちゃったの。もうビチョビチョだろうなぁ」
 なんて自分の失敗をさらけ出すことで、私の恥ずかしささえ緩和しようとしてくださる看護師さんの優しさが身に沁みた。

 そしてとうとうその時がきた。
ビクビクしながら診察台へ横たわり、あられもない姿で最も見られたくないものを晒した。
「この程度なら、薬でなんとか抑えられるでしょう」
 事も無げに仰る女医さん。
首の皮一枚繋がって、安堵する私。
パンフレットを用いて生活習慣について説明を受けるも、手術を免れたことによる安心感から私の耳にはほとんど入ってこなかった。

 まだ痛むため、この記事は中腰で書いている。
今後も在宅ワークと文章を書くことを続けるにあたって、私のお尻には魔物が住んでいることを忘れてはならない。
自戒の意味を込めて、ここに残しておこうと思う。

 と同時に、今これを読むあなたのお尻にも、眠れる龍が潜んでいるかもしれない。
どうか時間置きに立って体を動かし、お尻を大事にしていただきたい。

 良い文章は、健やかなお尻から生まれる。
そう言っても過言ではない気がするのは、私だけだろうか。



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