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第1話 存続の危機、大いに結構

 セミの大クレームを浴びながら、僕らは偽物のサツマイモについて議論している。毛羽立った音の隙間から、「お前ら、季節感大丈夫か」という嘲笑が聞こえた気がした。

「全然大丈夫じゃない」

 由々しき事態だわ、神城くん、と、いやに芝居がかった口調でポニーテールを解いた部長は、毛先にヘアゴムを絡めながら「いてっ」と顔をしかめる。なぜか再び毛束を結いなおす彼女に向かって「そのままのほうが、清楚でいいと思うんですけどね」とぼやくが、当の本人は「暑いし、絵の具が付くじゃない」と顔を逸らした。そんなに長かったら同じだと思うのだけれど。

「それより、どうするの。イトコー文化祭存続の危機よ」
「いつから美術部はそんなに偉くなったんですか」
「美術部の展示がない文化祭なんて、ほぼ卒業式みたいなものでしょ!」
「どんな暴論だよ」

 僕らが通う「イトコー」こと伊都江高校の文化祭は、世の青春に謝罪が必要なほど規模が小さい。加えて、唯一無二の文化部である美術部の活躍の場もほとんどない。
 一応、いくつかのコンクールで入賞するレベルの実力はあるのだが、保護者や他校の人たちにとって重要なのは、「自分の身内の晴れ舞台」だけなのである。部員四名の弱小クラブの功績を讃えてくれるのは、教師を除けばやっぱり四名分の身内しかいないのだ。

「別のもの置けばいいんじゃないですか。サツマイモの代わりに」

 首筋を這う汗を拭いながら、教室の真ん中に置かれたローテーブルを一瞥する。リンゴや梨、柿といった果物やワインボトルがレイアウトされているが、もちろんすべて偽物だ。静物画のモチーフ用にレイアウトされたオブジェたちは、授業で使用されることのない、この第二美術室へ置いたままになっている。
 ところが、夏休みも最終日の今日、オブジェたちの中からサツマイモだけがすっかり姿を消していたのである。

「もうちょっとで完成なのに」
「上から塗りつぶしたら……」
「神城くんは油彩だからできるだろうけど、私は水彩画なの」

 上から絵の具を塗り重ねる油絵と違って、水彩は紙に絵の具を染み込ませるために、ほぼ修正は不可能だ。そもそも僕は実物を絵にすることが少ないから、「モデルがないから描けない」という感覚はよくわからないのだけれど。
 代替案を思索する僕を遮るように、部長は「責任とってよね」と眉間に皺を寄せた。

「昨日、最後に鍵を閉めたのは神城くんだし」
「一緒に出たじゃないですか」
「とにかく、私の絵が無駄にならないように、どうにかして!」

 無理やり背中を押され、廊下へと追い出される。
 はめ殺しの窓が割れん勢いで閉まった扉を睨みながら、「存続の危機、大いに結構」とささやかに抵抗した。

続く
担当:前条透


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