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最終話 脱出は成功した

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「めずらしな、あの島いきてぇなんて」
「すみません。無理言って船出してもらって」
「いいんだ。それにしても今日は多いな。さっきも案内してんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、それに聞かれてよぉ。『ここには牛は住んでますか?』って。変な質問だなって思ったけどよぉ、確かに昔はここの島にも人が住んどってよぉ。そん時に牛を飼ってたらしんだが、今も残ってるとは思えんなぁ」

 俺は胸騒ぎがした。多分、きっと、いるんだろう。確信はないし曖昧な記憶だけれども、それでも何故かいるんじゃないかと思えた。
 到着した島に降り立つと、初めて見る景色なはずなのにどこか懐かしいと思ってしまった。

「また後で迎えにくるでよぉ。目的、果たせるといいなぁ」
「ありがとうございます」

 俺が頭を下げると心優しい男性は手を振りながら船のエンジンをかけた。去っていく船を見えなくなるまで眺めた俺は、砂浜に付いている複数の足跡を追いかけるように歩き出した。
 どのくらい歩いただろうか。遠くで牛の鳴き声が聞こえてきた。俺は思わず走り出していて、砂に足が沈んで何度か転びそうになりながら、それでもなんとか足を動かしていく。
 ずっと伸びていた足跡の先に数名の人影と隙間から牛柄が見える。

「灰原、三崎さん、能登、牛さん!」

 俺の声に反応して人影がこちらを向いた。

「遅かったわね」
「きてくれるって信じてました」
「待ってましたよ」
「待ちくたびれたもぅ」

 文句を言うような口調だけども表情はにこやかで俺もつられて笑ってしまった。

「悪い、遅くなった」
「さあ、これからどうしますか?」
「考えはあるのかしら?」
「私は何をすればいいでしょうか」
「牛も何かできるもぅか?」

 俺は傍にあるペットボトルを見た。前と同じように並々と白い液体が入っている。俺はそれを持ち上げ空に掲げた。

「よし、飲もう」
「え?」

 拍子抜けした能登の声がした。他のみんなもキョトンとしている。

「ぶちまけたらいけないんだよな。だったら飲んでしまおう、みんなで」
「そんなことしたら」
「神様に怒られるか? 大丈夫。俺らも一緒に怒られるよ」

 心配そうに眉を下げた能登から目を離し、灰原と三崎さんの顔を見た。二人は俺の顔を見つめてこくりと頷く。

「別にいいわよ」
「わ、私たちも同罪です!」
「赤信号、みんなで渡れば、怖くない。ってやつもぅね」

 俺らの様子に能登は観念したように笑い始め、そして俺の手からペットボトルを取った。

「わかりました。飲みましょう」
「そうこなくっちゃ」
「コップ、ありましたよ〜」
「この場合はあなたも飲むのかしら」
「牛も!? 共喰いならぬ共飲みになってしまうもぅよ!?」
「まあ、でもこんな事態ですし。飲みましょ」
「うぅ。牛なのに」

 ペットボトルの液体をたまたま見つけた五つのコップに注いでいく。俺らはそれを手に取るとコップの縁をかちゃんと合わせた。

「乾杯!」

 そして注がれたそれをごくごくと飲み干していく。

「何か、変わったかしら?」
「そんな風には見えないですけど」
「わかんないもぅ」
「空は平気そうだけどな」

 俺は砂浜に寝転がりながら言った。あの時の空とは違って青い空に白い雲が点々とある、ごく普通の空をしている。他のみんなも真似をして円を描くように寝転がり空を見ている。

「何にも起きないですね」
「神様、とやらがくる気配もないわね」
「平和、って感じですね」
「穏やかもぅ」
「じゃあ解決したんじゃないか?」

 隣の能登に微笑みかけた。それに気がついた能登も口角を上げていた。

「てか、牛乳ってそのままのやつ飲んでよかったのか? 普段のは加工されてるやつだったよな」
「そうね。殺菌などの加工がされてるわね」
「そ、それは大丈夫じゃないような」
「このままだと菌にやられてしまうかもですね。もう遅いですけど」
「牛のは菌なんてないもぅ」
「どこに根拠があるんだ」

 そんな会話を続けているうちになんだか瞼が重くなってきた。こんなところで寝てしまったら大変だ、それにここまで連れてきてくれた男性が迎えにくる頃合いだろう、寝ていては迷惑をかけてしまう、なんてことを考えながらも俺は目を閉じていた。
 微睡の中でもみんなの声が聞こえて、それにも安心してしまい、俺はすんなりと夢の世界へと向かってしまった。

 遠くで声がしている。

「おーい」

 だんだんと意識が浮上する。

「おーい、起きろー」

 体を揺すられる感覚で勢いよく顔を上げた。ガタガタと机と椅子が揺れる音がして、さらに脳に刺激がきて目が覚める。

「寝過ぎだよ。もう授業終わってる」

 目の前の人物は友人のノノ。校則ギリギリのパーカーのポケットからは携帯電話につけた大量のストラップが飛び出している。私より丈の短いスカートはこの前も先生に注意されていた。片手には何故か牛乳パック。普段は飲んでいないような気がする。

「なんか、壮大な夢を見てた」
「なにそれ。おもろ」

 多分一限丸々使って長編映画のような夢を見ていたと思う。でも夢だからか薄らぼんやりとしか覚えていない。そんなところに他のクラスメイトから声をかけられた。

「ねぇ、なんか呼ばれてるよ」
「え?」
「隣のクラスの灰谷くんと三井くん」
「私? ノノじゃなくて?」
「うん。とにかく行ってきなよ」
「わかった」

 クラスメイトにお礼を言うと私は椅子から立ち上がって扉へと向かった。ヒラヒラと手を振りながらノノがにこやかに送り出している。

「いってら〜」
「うん。いってくる」

 扉までくると男子二人が待っている。この二人と面識なんてなにもない。

「あの、私に何か用ですか?」
「ここじゃなんだし、屋上行こう」
「お、お手数かけてごめんなさい」

 そう言って二人はスタスタと歩き出してしまう。置いていかれないように私も後を追いかけた。普段は開いていない屋上が何故か今日だけは開いていて、すんなりと扉を開けた二人は躊躇いなく入っていく。後で怒られませんように、そう願いながら私も中に入った。

「あの、用事ってなんですか? 私たち面識ないと思うんですが」

 私の言葉に二人は顔を見合っている。小さく「やっぱり」という言葉が私の耳にも聞こえてきた。

「単刀直入に言う。脱出は成功した」
「え? 脱出?」
「ただ…… 別の世界にきちゃったといいますか」

 何の話か全くもってわからない。

「なぁ、いるんだろ。能瀬」
「あらら、バレてた」

 扉の向こうから顔を出したのはノノ。どうやら後をつけて来ていたようで、申し訳なさそうに私たちへと近づいて来た。

「能瀬さん何も話してなかったんですか?」
「なんか全然覚えてなさそうだったから面白いなーって思って」
「話しておいてくれないと何も進まないだろ。というか、牛山はどこだよ」
「連絡したんですけど返事が無くて。どうしよう」
「全員揃わないとどうにもできないよね」
「まって、まって、勝手に話進めないで」

 なんのこっちゃで頭が混乱している私は無理矢理話を遮った。灰谷くんは呆れたようにため息を一つついた。

「覚えてないかもしれないけど、俺たちは一回会ってる。別世界でな」
「ある島から脱出しようとしてたんですよ。僕たち四人と牛さん一匹と」

 四人と一匹。さっき見た夢もそんな感じだったような。二人の言うことが正しいのなら、さっきの夢は現実なのか。現実だとしたらここはなんなのか。非現実、夢、幻、どれだ。

「ねぇ、ノノ。その牛乳パックどっかに置かない?」

 思考をぐちゃぐちゃに混ぜた頭でも、何故だかわからないけどものすごく嫌な予感がして、一番不安に感じるものが手に握られた牛乳パックだった。とにかくそれを早く手から離してほしい。

「ん、わかったー」

 ノノは近場の椅子にそれを置こうと向かった。しかし、その手前で彼女の足がもつれた。

「危ない!」

 咄嗟に手を伸ばしていた。でもそれは私だけではなく、灰谷くんと三井くんも同じようにノノに向かって手を伸ばしている。しかし、間に合わなかった。

「うわっ!」

 躓く拍子に力が入りパックの形がぐちゃりと変わり、伸びたストローの先から白い液体が飛び散っていく。

「あらら、やっちゃったね」

 屋上の高台からひょっこり顔を出す人物が笑いながら見ている。

「牛山!」
「なんで連絡してくれないんですか!」
「ごめん。見てなかった。もぅそんな怒んないでー」
「これはふりだしに戻っちゃったなー」

 飛び散った液体はもやもやと形を変えて屋上の空を覆うくらいに広がっていた。私はその場にぺたんと尻餅ついて座り込む。
 あぁ、またやってしまった。思わずそんな事を考えてしまった。

おわり

担当:白樺桜樹

最後まで読んでいただきありがとうございました。
またの次回作をお楽しみください。
ゆにばーしてぃポテト一同。

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