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もはや人間の活動は地球規模を超えている

(8年前にFBのノートに投稿したものです。FBのノートが使えなくなってしまったのでここに再掲します。)

人間の活動が環境に影響を及ぼしていることは自明ながら、それを客観的に自戒することは少ない。なぜならば自分自身の生活の質を低下させたくないからだ。だが、いまや71億もの人口が存在し、その食料・エネルギーをまかなうためには、もはや自然のままの地球では供給できないのも事実である。

一方、人間の身体は10万年前の出現以来さほど変化はなく、1万年くらいまでは食料確保もままならず、食べられるときに食べておき、食べられない時をしのぎ耐えるように進化してきた体を持っている。だから、現在のような飽食環境においては肥満にならざるを得ない。

生物界において、人間の人口とそれにともなう活動がこれほど急激に増加した原因は、人間の情報処理能力にある。脳の発達がそれまでの生物と本質的に異なるレベルを実現し、言葉・文化を持って外部知識を経由して生物ならぬ媒体の情報環境を構築したことにある。従って、現人類が発生してから10万年間でここに至り、その体の構造・機能ゆえにその活動規模が地球規模を超えたのである。

にもかかわらず、森林の消滅を食い止めることも原子力の利用をやめることもできず、ましてや人口を削減することもできない。環境維持が重要と理解はしても、自身の生活維持を変革する理性的なしくみを実現できない。未だにまだ開拓すべき地域があると若者は希望を抱き、経済覇権を国々は争い、森林を破壊して焼き畑農業で生計を立てることをやめさせることもできない。

あるいは、地球のエネルギー収支と気候変動はもちろん関係していて、核分裂を使うことは明らかにそのバランスを崩すものである。そこにはあまり議論は少なく、二酸化炭素の排出量ばかり議論されている。ましてや核融合の利用や宇宙で太陽光から発電して地球に電力を送るとかは問題外のはずであるが、まともな反論を見ない。

いずれもそれは、あたかもコペルニクス以前の地平が無限に存在するという主張を今でも事実かのように思い込もうとしているとしか見えない。

もし、本当に無限のように存在する所へ開拓をするのであれば、宇宙へ飛び出すしかない。宇宙とて本当は無限ではないのかもしれないのだが、少なくとも現在の人間の活動はその端緒にやっと手を伸ばすことができるかどうかという段階であり、とうてい比較できる規模でもない。どう考えても、地球上の人口増加より宇宙への進出人口が多い状態にならないと、地球の環境維持は困難である。このままだとおそらくその時点は早くても今から100年後であり、人口は100億になっている。その人口ではもはや環境よりも生存のための活動が優先し、とうてい自然の保存などは望むべくもない事態となっているであろう。

もし、可能性として残るならば、理性的な方法で世界的な人口削減策が実現することや、宇宙技術が飛躍的にブレークスルーで発達して、急激に宇宙開発が進むことなのだが期待できるだろうか。

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